鮮血の魔城 Chapter.6
招かれざる客人〝カリナ・ノヴェール〟が滞在して、二日後──。
「いまこそ、討って出るべきなのである!」
そう息巻くジル・ド・レ卿の自己陶酔的な熱弁には、会議参加者の誰もが
薄暗い燭台の灯りが、長く奥まった角卓を暗く照らす。
各人の前にはジル・ド・レ卿が得意気に自賛する〝フランス産の赤ワイン〟が用意されていた。香り立つような芳醇な生命力に、参加幹部達は舌鼓を打つ。確かに美味ではある。
上座中央に座すカーミラもまた、貞淑な所作で淡く赤を含んだ。
しかしながら彼女の関心は、会議参加の顔触れに向けられていた。観察眼が値踏みに
(ふ~ん、
左側の座列には、自称〝側近〟のジル・ド・レ卿。
彼の隣に、油断ならぬ野心家エリザベート・バートリーが席へと着いている。
その横に座るアーノルド・パウルは、中世の傭兵。己の家族や旧知の村人を、次々と餌食にした事で〈吸血鬼〉の実在を世にしらしめした人物だ。
対して、カーミラの右手には〝ブラッディ・メアリー〟の異名でも知られるメアリー一世。
深き幻夢に誘われるまま覚醒した異常殺人者ジョン・ジョージ・ヘイ。遺体を酸の浴槽で溶かした事から〝酸の吸血鬼〟の異名を持つ。
そして、
(つまりメアリー側に座るのは、わたしに対して好意的な保守派──もしくは中立派。ジル・ド・レ卿の側に陣取るのが、内心不満を抱く強権派ね。意図して座り分けたわけではないでしょうけれど……『類は友を──』かしら)
ちなみにカーミラとメアリーの間には、吸血王ドラキュラの席が設けられていた。ひっそりと卓上に置かれたネームプレートが、空しくも寂しい……。
「かのオルレアンの少女〝ジャンヌ・ダルク〟は──我が生前の主君は、自らが
「ジル・ド・レ卿、此処はイギリスですわよ?」
カーミラの柔和な苦笑いが、独り調子に加熱するジル・ド・レ卿へと釘刺す。
「む……むう?」
確かに、これは彼の落ち度であった。
我に返って見渡せば、
とりわけイングランド女王の地位に在ったメアリー一世の鋭い蔑視は、心臓を
「いや、これはどうも……年甲斐もなく過去の武勇に浸り過ぎたようですな」
冷や汗ながらに着席する。
この場に居る人材を敵に回す事が
そんな暴挙を愉しめる
「とにかくですな。我々〈
ジルが挙げた面々は自らを〝
だがしかし、少なくともジョン・ヘイにとっては、面白くない発言であった。
「ジル・ド・レ卿、僕達だって
これにはペーター・キュルテンも深く同調を示す。
「そもそも我々は、中世的な階級制度が廃れた民主主義社会の中で転生した吸血鬼。貴方達が固執する懐古主義や爵位は意味すら為さない。そして、現在では我々のような
なかなか攻撃的な正論であった。
生意気な若造達を腹立たしく思いながらも、ジル卿は温厚寛大さを装う。
結束障害となる対立意識の軟化を促すためだ。
「どうも私の言葉足らずが
(……くさい芝居だこと)
カーミラが内心
ジル・ド・レ卿に対してだけではない。
この場にいる誰しも──信頼するメアリーを除いて──が、互いに安い化かし合いを展開していた。
(それにしても、世代による確執は相変わらずね。足並みすらバラバラじゃない)
このような幹部間による暗黙の対立関係は、組織胎動時から
やや急増的とも言える強引な組織拡大が、
新旧世代の価値観の相違が生んだ確執だ。
とりわけ方〝
(まるで
怪物史上に
そうして向けられる不平不満には、彼女自身に
要するに、組織体制自体に対する不満だ。
彼女への攻撃的不満は、それが理不尽に
(つまりは組織内のガス抜き対象ってわけよね。それこそが〝
とは言え、多くの
少女盟主の実力が圧倒的過ぎるためだ。
こうして組織幹部内での対立は、本格的な抗争発起を未然に防がれていた。
彼女を人身御供として、意気を
分かり
「聞けば、最近エジプトには新君主が誕生し、圧倒的な支配力で統制の取れた軍勢を編成したとか」
エリザベート・バートリーの発言であった。
興味深い新情報に、理知派のジョンが補足を
「古代エジプトは徹底した王権制度が敷かれていた国柄ですからね。それを復権させれば可能な事でしょう。
「では、北米の動向は知っているか?」
揚々と身を乗り出すアーノルドに、ジル・ド・レが疑問を返す。
「北米? あそこは到底〝軍勢〟とは呼べぬ土着の〈
「それが、どうやら事情が変わったらしい。なんでも、こちらも新たに〈
「そうは言っても、当面、北米勢は
エリザベートの情勢分析は、ジル・ド・レやアーノルドの軍人的観点からは
それでも
こうした好転的な流れに、強権派筆頭のジル・ド・レが乗らぬわけがない。
「このように、現在は何処の国でも覇権を見据えた軍事体制を整えつつあります。その現実に目を向けぬは、侵略の危険性を対岸の火事としか捉えられぬ
露骨な含みに主君を
諦めの悪いジルが、
「皆々様、いまこそ我等〈
「それは、つまり〈
懸念するペーターの声を、エリザベートが強引に掻き消した。
「確かに現状に於いて
「では、バートリー夫人は参戦支持と?」
「
頬杖に赤の美味を
不穏な空気の
ジル・ド・レやアーノルドも、それに倣う。
(あらら、無言の圧力というワケね)
一身に強権派の視線を受けながらも、カーミラは飾った余裕を崩さない。
とはいえ、エリザベートが口火を切った
「我々が自身の
案の定、押しの弱い保守派は呑まれ始めている。
「うむ、後手へと回るは得策とは思えんな。討って出るなら、いまか!」
実戦経験からアーノルドが同調する。
その真意は、あからさまな駄目押しでしかないが……。
「少々
「デッド対策として強固な防壁を据え、我が軍の衛兵を見回り警護に当てておりましょう。それだけでも下等な人間風情への配慮としては充分だと思いませぬか?」
「それだけでは足りぬと申し上げている」論を否定するエリザベートに、メアリーは真っ向から食い下がった。「現在、
「減少傾向ですと?」
寝耳に水とばかりに怪訝を浮かべるジル卿。
メアリーは凛とした正視に頷き返す。
「我々からの配給だけでは食料や物資は足りず、更には不心得者が強盗や殺人に走り出しているようです」
「愚かな……それでは自己種族の首を絞めているだけではないか。わざわざ保護してやっている意味が無い」
「ですが、こうした劣悪環境の
「ならば
エリザベートの
「そうは申しておりません。しかし、まずは人間達が安定した生活を営める社会構図が必要でありましょう」
「ホホホ……これは
「何が
「いやなに、天下に名高い〝ブラッディ・メアリー〟が、とんだ臆病風に吹かれたものだ……と」
「臆病風?」
安い挑発に表情の
メアリーの
「そうでありましょう?
「無礼な!」
一触即発の緊張感が会議室内の空気を震わせた!
非戦闘的なペーターやジョンが
「
両者の
カーミラ・カルンスタインである。
この〈魔〉としての格の違いには、さすがの
もっともメアリーはエリザベートを
「とにかくですな」ひとまず落ち着いた空気を好転させるべく、ジル・ド・レが間髪入れずに弁論を再開した。「まずは、このロンドン近辺の
「イヤです」
カーミラが何処吹く風の笑顔で邪魔を
「なっ? ええい、またそのような
「名前貸し?」
「グヌヌ……ッ!」
「でも、しませんから」
赤で喉を潤しながら、しれっと返す。
「では、居住区画の政策見直しを?」
メアリーが期待に顔を向けた。
が、これにもカーミラは態度を
「メアリー一世、このロンドンは他国よりも人間に温情的よ?
カーミラ自身は、自国の現状に満足している。
吸血鬼と人間の円滑な共存──永らく想い描いてきた理想像だ。
どちらの派閥であっても、
「他国の内政実態を御覧なさいな? これほど強固な防壁で、徹底的に隔離保護をしている国があって? 人間達に民主的自由を認めている内政は?」
「で……ですが」
誰もが面食らい、薄暗い室内を見渡した。
されど相手の姿は
参加者全員が
唯一、カーミラだけが正体を
「カリナ?」
呼び掛けに応じて、実体を現す乱入者。
部屋の一角──照明の灯りさえも吸い込む暗がりから、黒革のニーブーツが足音を響かせて歩み出る。
推測通り、カリナ・ノヴェールであった。
黒の
「もっとも所栓は、飼い主視点の
「キサマ、また
雪辱の再戦も良しとばかりに、ジル・ド・レ卿がいきり立つ。
少女盟主は静かに左手で
「やはり
「退屈な眠気と戦っていながら、よく言えたもんだよ」
軽い嘲笑で毒突く。
彼女はカーミラの横に適当な空席を見つけると、浅い
伝説的吸血王の名が書かれたプレートが、ゴミとばかりに放り捨てられる。
両脚を卓上へと放り組むと、カリナは
「さて……キサマ等の中で、直接城下へ入った事のある者は?」
唐突な質問を受け、困惑顔を見合わせる幹部達。
挙手返答をする者などいない。
そもそも質問の意図が
「そんな事だろうと思ったよ」
予想通りの票数には、
「どいつもこいつも現実知らずな
「それって、どういう意味かしら?」
「さあな。少しは自分で考えろよ、領主殿。脳味噌が腐敗するぞ」
発言権すら無い部外者でありながらも、まるで物怖じせぬ不敵さ。
そんな異端分子を、呪怨を込めた邪視が
エリザベート・バートリーだ。
(チィ、邪魔者めが!)
カリナの
吸血夫人は、即座に優麗の仮面で本性を取り
「ま、どうでもいいがな」
投げやりに吐き捨てるカリナが、向けられた敵意に気付いていたかは定かにない。
「満を持して〈
「何だと?」
「キサマ等が根拠なく
侮辱を含んだ警告を言い残して、カリナは飽きたかのように席を捨てた。
そのまま退室の流れに乗る。
と、扉の前で立ち止まり、改めて一同を眺め回した。
「
不協和音の申し子は、
静寂に取り残された幹部達が一斉にざわめき
誰一人として彼女の真意を理解できなかった。
例え、カーミラ・カルンスタインであっても。
彼女が内包する野心に対する
あの小馬鹿にしたような挑発的
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