鮮血の魔城 Chapter.4
不気味な静けさが漂う
陰気な月明かりに照らされた居住区画で、その人影は幽鬼の如く浮かび現れた。
名を〝魔女ドロテア〟と言う。
「……臭うな、死が」
油断ならない狡猾な瞳が、周囲の光景を観察に滑る。
不鮮明な直感へ誘われるように、魔女は路地裏へと足を踏み入れた。
黒猫が
住民達からも敬遠されているであろう暗がりには、陰湿な不気味さが漂っている。魔物の
微かに感じる
深部へ進むにつれ、直感が確信へと変わっていく。
「……やはりな」
やがて見つけたお宝は、絶命に呪詛する死体。
その
「……フッ、貧弱な牙だ」
横たわる死体の損傷具合は、出血量の痕跡に反して外傷が一ヶ所しかない。
即ち、心臓だ。
そこを無駄なく一刺しにされている。
つまり──好都合な素材ではあった。
「肉体破損も少なく、本格的な腐敗も始まってはいない。これほど状態のいい死体は、そうそう有るまい」
赤い目が喜悦に歪む。
死体蘇生の魔薬──即ち〝魔法薬〟である。
「
それは数有る諸説の中でも一仮説の域でしかない。
真偽実態は不明なままなのが実際の処だ。
「そもそもゾンビ製作は、ブードゥー教に於いても
西洋黒魔術に準じた方法だ。
「ゾンビ蘇生の根元は、ブードゥー観念に於ける自然界の精霊──
男の爪を一枚
更に、自らの髪の毛を一本混ぜ加えた。
「
薬瓶を睨みつけるように早口な呪文を浴びせ続け、その効用を熟させる。
やがて
「
一般には知られていないが、実はゾンビパウダー以外の蘇生外法もブードゥー秘術にはある。
それは〝悪魔との契約〟だ。
誓約や方法手順も西洋黒魔術のそれと何ら変わらない。
ともすれば、その方法こそは〈魔女〉たるドロテアに
「肝心なのは、方法ではない。結果だ」
召還悪魔から我が身を守る結界だ。
死体を前に
「契約悪魔は、誰でも良いだろう。望む魔力さえ秘めていれば……な」
ドロテアは〈悪魔バフォメット〉とした。
誰しもが絵画等で一度は〝雄山羊頭の悪魔〟を見た事があるだろう。
それこそが〈悪魔バフォメット〉── 主に〈
「ガ・ディタス・バフォメット……ガーノ・イベリム・バフォメット…………」
念を込めた呪文をひたすらに唱え続けると、眼前の
ここぞとばかりに、ドロテアの
早く!
強く!
「ガディタス・バフォメット! ガーノベリム・バフォメット! レタルファクル・バフォメット! アレティト・バフォメット……」
激しくのた打ち踊る死体!
まるで、目に見えぬ拷問を受けているかのように!
責める!
のた打つ!
唱う!
波打つ!
自身と死体が、自然の
その悪夢的光景は、さながらトランス状態に乱れ狂う原始宗教の宴だ!
「アレティト! プラエス! ガディタス!」
一際大きな気合と共に、ドロテアは仕上げの一手を積み上げた!
所作にして派手さはないが、込められた呪念は
一転して訪れる静寂──やがて、ゆっくりと死体が起き上がった。果てぬ眠りから目覚めたかの如く。
斯くして、男は蘇った。
否、その魂無き肉体のみが……。
此処〝
シティ居住者達であっても近付く事を
居住区を管理統治する幹部吸血鬼達から見落とされているのは、その情報網の末端を担う衛兵吸血鬼にも此処を好む荷担者が少なくないからであろう。小悪党同士の結託による
その
品の無い喧噪で店内が賑わう中、彼等はポーカーに
「キルヴァイスの奴、遅かねぇか? いつもなら、とっくに来てるはずだってのによぉ」
「コール──何が言いてぇ?
粗暴な印象の
酒をあおる眼帯男が思わず吹き出す。
「プゥ……無ぇ無ぇ! アイツがテメェより強ぇ奴を相手にした事があるか? 俺に言わせりゃ、アイツがズバ抜けてるのは殺人技巧じゃねぇ。その御都合主義な嗅覚の方だぜ?」
「そういう事だ──と、フルハ~ウス!」
「なに? カァ~……カードの巡りが悪ィ!」
掛け金代わりの回収される食糧。
これも結局は〝狩り〟で強奪した戦利品だ。
「けどよ、こうした時のオイラの直感は、だいたい的中するんだぜ? だからこそ、窃盗技能しか能がないオイラが暴力的な暗黒街を生き長らえる事が出来たんだ」
出っ歯は、何となしに店内を見渡す。
茶番的なポーカーになど興味が湧かなかった。
すると、そこに知った顔を見付けた。
「あ、キルヴァイス!」
確かにキルヴァイスが、そこにいた。
「たったいま来店したようだな。入り口付近の人混みに呑まれてやがる」
「へっ……だから言わんこっちゃねぇ」
すぐに関心を捨て、ポーカーへと再没頭した。
だが、出っ歯だけは手札を投げ捨て、久しぶりの再会へと駆け出す。
自身の安心を確定したい衝動であった。
結果を
「ぐっ……あと少し…………」
ようやく
水を打ったように店内が静まり返る。
誰しもが異状を感じた方向へと振り返っていた。
「な……何だァ?」
出っ歯にとって不幸だったのは、惨劇の
彼の眼前に、
「ひ……ひぃぃぃ?」
あまりに陰惨な形相に思わず顔を
それは女の生首!
店内で客引きをしていた娼婦の首だ!
それでも、なけなしの勇気を奮い、薄目に状況把握を試みる。
彼が追い求める目的の男は、すぐ
しかし、どこか変だ。
その要因を観察に探る。
自失呆然としたように立ち尽くす姿からは、従来の活動感──狂気めいた生気と言い換えてもいいだろう──が感じられなかった。
その目付きは
そして、その手にしているのは、彼愛用の獲物ではなかった。
衛兵吸血鬼達が
斜に下ろされた刃からは鮮度ある赤が
それで、ようやく事態が呑み込めた!
この惨劇を起こしたのは、キルヴァイスだ!
理由は解らないが、彼は娼婦を殺したのである!
それも店内で堂々と!
「キ……キルヴァイス?」
驚愕に乾いた声を漏らすと、淀んだ
それが最期の視覚情報だった。
次の瞬間には、彼自身の頭が飛んでいたのだから!
「キルヴァイス! テメェ?」
「トチ狂いやがったのか!」
奥の卓で状況を
だが、彼等にしても
確かにキルヴァイスは、常軌を逸脱した危ない奴ではあった。
けれども、さすがに誰彼構わずではない。
同胞とも呼べる
他の
これから始まろうとしているのは、彼等なりのルールに乗っ取った粛正!
「バ……馬鹿野郎!」
眼帯が罵倒を吼えた!
臨戦覚悟ながらも、まだ〝仲間〟として案じていたらしい。
が、それも無駄だった事を
「どうやら心配いらねぇようだぜ……アレを見な」
キルヴァイスは傷を物ともせずに歩いていた。
更に一発……二発と打ち込まれる銃弾は、もはや部位を選んでいないというのに!
衝撃に
その動きは
「まさか! あの野郎、デッドに?」
「さぁな。何にしても、
冷酷に割り切りつつ、
眼帯も腹を決めたようだ。
不気味に
動作そのものは緩慢ながらも、
肉片!
断末魔!
それは〈悪魔〉が
「アディオス! クソ野郎!」
眉間へと狙いを定めたコルトパイソンが、遠巻きに火を噴いた!
宙に浮遊した魔女は、眼下の静寂を眺める。
命の鼓動が完全に絶えた酒場を……。
「……
思った以上に
その成果は〝新たな素体〟の大量入手が立証している。
数多くの
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