第102話 油断大敵でした。イテ。きずを受ける

 ノアにティルミット同席のもとで、身柄を引き受けることを約束して安心させる。ホローの村に住むもよし、ジャレーの屋敷で働くもよし、好きな方を選んでよいと告げた。ただし落ち着いたらということでしばらくは森の方へ避難するようにいうとこくりと頷く。


 翌日、カーマの生き残りを連れてキャロルさん率いるリンド小隊が旅立つ。カーマの村を守っていた兵士も大多数は同行したが、一部は復讐の機会が欲しいと言って残った。オットーという男を中心にした数名と共にガーファの町の周辺をうろついて包囲陣から離れた部隊やモンスターを襲撃した。


 ガーファの町は頑強に抵抗しているようでまだ落ちていない。そうなると大変なのは包囲側だった。水は近くを流れる川から調達できるにしても、食料はどこかから手に入れなくてはならない。季節は冬。野山の恵みは期待できず、近くの村からは既に強奪しきっており遠くまで出かける必要がある。


 そうなるといくら大部隊とはいえ、分散せざるを得ないわけで、そこを待ち伏せしては叩き潰す。速やかな襲撃と撤収のため、20体ぐらいまでのグループに絞って攻撃した。この人数だと襲撃から全滅まで3分とかからない。


 俺の落石で3人。同時にサーティスの矢が飛んで3人。こやつは同時に3本矢を射るという技まで持っていた。そこへ、オットー達5人が切り込み残りの後衛を全滅。前衛がパニックになったところに果音とシュトレーセが殴り込んで人数を減らし、最後に残ったリーダー格を皆でボコる。そして風のように撤収。どちらが悪役か分からない狡猾さだった。


 これを繰り返すうちに敵陣に動揺が走るようになる。なんだか良く分からないが、この地には正体不明の魔物がいる。そう囁かれるようになった。まあ、相手から見れば恐怖でしかないだろう。


 俺達には及ばないもののオットー達もかなりの手練れだった。戦い方を見ていると場慣れしている感じが半端ない。敵の弱点を的確に突き、相手の動揺を誘ってから無理をせずに複数で一人ずつ相手をする。なぶり殺しに近い。それに倒した敵のものを根こそぎ奪う点にも、俺はなかなか慣れることができなかった。


「死んじまった奴が持っていても宝の持ち腐れ。村の貯えを奪われた分取り返しているだけですよ」

 オットーはそう言うが、効率の良い襲撃で相当な稼ぎを上げているはずだった。

「俺達に支給される給料は低いんですよ。こういった臨時収入が無いとやっていけませんや」


 はっきりとは言わないが、貴族様とは違うんでね。そういうニュアンスを含んだセリフに対しては俺もあまり強くは言えない。一応、命令違反や敵前逃亡ということではなく、敵を倒すという行動に付随する余得なのであまりうるさいことも言いにくかった。


 いつものように敵の小部隊が接近していることをサーティスの索敵で知った俺達は待ち伏せを行った。ほとんど機械的な手順として敵の集団を迎撃する。いつもと違ったのはオットーが接近戦を行わず、先日手に入れたクロスボウで射撃をしていたことだった。オットー曰くなかなかの掘り出し物らしい。言う通りに品質のいいものなのかオットーの腕がいいのか、矢はローブを着たゴブリンの口を射抜く。


 いつも通りに果音とシュトレーセが最後の一人を倒し終わったときに異変は起こった。その様子を50メートルほど離れた木の陰から見ていた俺の首に力強い腕が回されて喉を締め上げる。くそ、他にも敵がいたのかと思う俺の耳に聞きなれた声が流れ込む。


「伯爵さま。大人しくしててもらいますよ」

 オットーだった。いつの間にかクロスボウから持ち替えた短刀が俺の目の前にかざされる。助けを求めようにも果音もシュトレーセも遠かった。一番近くにはティルミットがいるが戦力にはならない。比較的近くにいたサーティスが異変に気付き弓に矢をつがえる。


「優男の兄ちゃん。やめときな」

 オットーの声に嘲りが含まれる。優位を確信した態度だった。果音とシュトレーセも異変に気付きこちらを睨んでいる。俺はなんとかかすれ声を出す。

「こんなことをしていて敵が来たらお前たちも無事じゃすまないぞ」


「心配してもらわなくて大丈夫。元から俺達はあっちに渡りがついているんでね。こうるさく蠢動するあんたらを引き渡したら褒美がたんまり貰えるってわけさ。ま、その前にちょっとは楽しましてもらうつもりだがね。ちょっとじゃねえか」

 オットーが嫌な声を出す。


「おい、ねーちゃん。動いたら大事な伯爵さまの首が無くなるぜ。その辺に落ちているのと交換した方がよっぽどいい面しているだろうに一体どこがいいのかねえ? 悪いがあんたの趣味にはしばらく黙ってもらって俺達の相手をしてもらうがね。具合が良かったら、飽きるまでは俺達の奴隷にしてやるよ。さあ、武器を捨てるんだ」


 俺は奥歯を噛みしめる。怒りに血が沸騰しそうだった。視界が赤く染まる。くそ、くそ、くそ。俺が油断をしていなければ。俺は果音を見つめる。目で必死に訴えかけた。出会った頃話したことを想いだしてくれ。果音のまなじりに決意が浮かぶ。そして小さく顎を引いた。


 俺と果音のことを視野に収め弓を引き絞っていたサーティスが大きく目を見開く。それ以外は微動だにしない。果音がもう一度はっきりと首を縦に振った。

「おい。早くしないと……」

 オットーの声に覆いかぶさるように鋭い飛来音が聞こえ俺の左胸に激痛が走る。胸に刺さった矢の細かく振動する姿を見たのが最後の光景だった。



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