第101話 人身売買をする人臣
シュトレーセが寄って来て俺を抱きしめると髪の毛をぐしゃぐしゃっと撫でまわす。
「ヤマダ。ごめんね。2体も討ち漏らしちゃって。びっくりしたでしょう?」
「いや、あれだけ数を減らしてくれれば十分だよ」
「とりあえず無事でよかったわ」
最後におまけで濃厚なキスをほっぺにぶちゅっとしてシュトレーセは残敵の掃討に戻っていく。射るような視線を感じて振り返るとサーティスが視線をそらして、野犬から矢を抜き取るところが見えた。戦いは終息に向かい、果音も戻って来て、先ほどの女の子の所に行き何かを話し始める。
完全に戦いが終わると呆然とした村人たちを叱咤して避難するように命じた。3分の1近い人を失ったカーマの村人たちは粛々として従う。カーマの村は俺の領地ではないので本来であれば俺の言葉に従う義務はない。ただ、現実は厳しい。俺達がいなければ村は無くなっていただろうことは想像に難くない。
そして、敵はまだまだいるのだ。とりあえず、ホローの村までカーマの村人を誘導する。途中、何体かの怪物に遭遇したが、集団ではなかったので難なく排除した。心身ともに打ちのめされたカーマの村人たちはあえぎながらなんとかホローの村にたどり着いた。
ホローの村にはリンド小隊が戻ってきている。村人達を森の民の手に委ねて戻ってきたのだった。なんだかんだで防御の準備が整っている拠点があるのは楽だし、フリーで動ける部隊があるのは、こちらの行動の選択が増えありがたい。避難してきた住民たちも無傷の兵士がいることで心強く感じられるようだ。
俺が一息入れて飲み物で喉を潤しているところに、一人の少女が訪ねてくる。果音が助けた少女はノアと名乗った。果音よりちょっと若いぐらいの年でそばかすが目立つ。
「伯爵さま。私を買ってもらえませんか?」
少女の真剣な眼差しと態度ではあったが、俺は口に含んだ飲み物を吹き出しそうになった。どうして、どいつもこいつも俺を苦境に追い込むようなことを言ってきやがるんだ?
幸いにして、この場には果音たちが居ない。それぞれの仕事に従事していた。それで一応事情を聞いてみることにする。元々両親を亡くして細々と暮らしていたところを今回の騒動で住むところを失ったそうだ。避難中はまだいいが、その後の未来予想図を描くことができないらしい。今までの食い扶持を稼ぐ半端仕事をくれていた人たちの多くを失っていた。
「掃除・洗濯はできます。動物の世話も少しなら。お料理は簡単な物なら作れます。どうか。お願いします」
つまりは一人がなんとか暮らしていけるだけの稼ぎすら期待できない能力しかないということだった。
幼い弟と住み込みで働かしてもらえればなんでもしますというノアにどうして俺なのかを聞いた。
「隊長さんに相談したんです。そしたら、伯爵さまを紹介されました。心の広い方なのでなんとかしてくださるだろうって」
キャロルさん……。俺はあんたが思ってるほど善人じゃないんだぜ。俺はちょっと考える時間をくれ、と言ってノアを帰した。ティルミットに相談をしようと村の中を歩いているとキャロルさんが避難民に話をしているところに出くわす。俺の姿に気が付いたキャロルさんは話を中断し続きは部下に任せて俺のところにやってきた。
「明日には今回の避難民を西の森へ移送します」
キビキビと報告するキャロルさんの提案を了承するとさっきのノアの話を問いただす。キャロルさんはまじめくさった顔で答えた。
「私の知る限りで、あの子が不幸になるのを防げそうな方は閣下しか思い浮かびませんでした」
「なんか随分と過大評価されている気がするんだけどね」
「いえ。少なくとも身寄りのない少女を食い物にはされない方だと確信しております」
「正直、自分ではそこまでの確信は持てないよ」
キャロルさんは謹厳な表情にごく僅かな親しみの表情を浮かべる。
「閣下を信頼していることはもちろんですが、閣下には素晴らしいご友人もいらっしゃるではありませんか」
「まあ、できる限り信頼に応えるようにするよ」
浮かない俺の顔を見てキャロルさんは不安そうな表情をする。
「ひょっとして、閣下のご迷惑でしたか?」
「迷惑ではないよ。そうだな。多くの人に対して責任を負うのに慣れてないから困ってるってところかな」
キャロルさんは敬礼をして言った。
「それは慣れて頂くしか無いですね。私を含め多くの人の命が閣下の双肩にかかっているのですから。では、まだ任務がありますので失礼いたします」
規則正しい足取りで去って行くキャロルさんの後姿を見ながら、なんかいいように言いくるめられた気がしていた。でも、悪い気はしない。
ティルミットを見つけたので相談する。
「ふむ。身寄りのない少女を引き取って、行き場の無いことをいいことに言うことを聞かせた挙句、どこかに売り飛ばそうというのじゃな?」
「どうしてそうなる?」
「というのが良くある話じゃ。そのようなことはしないと信用されたのであろう。ならば、その信頼に応えればいいだけではないか」
「だけど、人を買うというのがな」
「なに。他所の領地からヤマダ伯爵領への移籍の金じゃ。一応形ばかり払えばいいじゃろう」
「そういうことか。ところで、ちょっと気になったんだが、俺がもし死んだり居なくなったりしたら領地はどうなるんだ?」
「お主は独り身じゃから、死ねば王室が接収することになるかの。行方不明の間は、ナルフェン公が管理することになろう」
「それじゃあ、うかうか死ねんなあ」
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