第100話 進化の真価

 翌朝、ずらりと並んだリンド小隊と村人を前に立ち、ここは危ないから一時避難をするようにとの主旨の演説をした。ざわめく村人をキャロルさんが説き伏せる。キャロルさんは村人に深く信頼されているようだ。そのお陰で想像していたよりもスムーズに説得が終わる。


 持ち運びができる家財を荷車に載せた村人たちを護衛してキャロル率いる兵士たちが西の方へと去って行った。去る間際にキャロルさんが片膝をついて誓いを立てた。

「ヤマダ様のご指示、一命を賭して守ります」

 どうやら、俺は一人の戦士の尊敬を勝ち得たようだ。完全に怪我の功名だけどな。


 まあ、その分、情けない領主という風評も生まれそうだが、それは気にしても仕方ない。どうせ元からそれほど高くないというか、ゼロからいくら引いてもゼロはゼロ。良く分からない体面のために行動を制約されるのも面倒だし、体面を守る行動をして果音に殴られたら痛いし。


 俺達はホローの村を拠点に近隣の村を回って一時的な疎開をするように説得する作業に引き続き取り組んだ。キャロルさんに残してもらった一人の兵士を連れているので、他の村ではお前誰という面倒なことは起こらなかった。チラホラ姿を現し始めていた魔物の姿に怯えていた住民たちも渋々ではあるが命令に従う。


 西側の村では間に合ったが、かなりガーファの町に近いカーマという村に着いたときにはもう戦闘が始まっていた。ゴブリンやホブゴブリン、風体の良くない人間を中心とした一団が乱暴狼藉の限りを尽くしている。ホローとは異なるデザインの服を着た兵士たちはそこかしこで切り結んでいるがいかんせん数が圧倒的に少ない。


 地面に倒れ伏す人が幾人あり、血の匂いが鼻についた。小さな男の子の手を引いた少女が物陰から飛び出して、こちらに向かって駆けてくる。横合いから剣を持った男が現れて道を塞ぐ。少女の手には一振りの短剣があり、男の子を庇って男の方に振り回すがすぐに弾き飛ばされた。そのまま少女に馬乗りになると、服を力任せに引きちぎり、つかみかかろうとした男の子を殴りつけた。


 その不埒な男が10メートル近い距離を飛んで地面に落ちる。少女の横には果音が杖を身構えて立っていた。少女は果音に促されてあたふたと立ち上がると男の子を助け起こしてこちらに向かって再び走り始める。その後ろでは果音が叫んでいた。

「さあ、この果音が相手だ。かかってきやがれ!」


 サーティスも油断なく弓に矢をつがえながら、的確に手ごわそうな相手を探し出し射殺する。腕の立ちそうな金属鎧の男は兜の隙間から目の辺りを射抜かれて悶絶しながら地面を転がった。俺のそばに残っていたシュトレーセは少女たちを出迎えると自分のマントを外して少女にかけてやる。ティルミットは鼻血を流している男の子に声をかけ呪文を唱え始めた。


 その間、俺も何もしなかったわけじゃない。略奪に精を出していた一団をまとめて剣が抜けなくしてやった。俺は以前よりも一度に多くのターゲットを呪文の対象にすることができるようになっている。兵士数人と遭遇して手に抱えていた品々を落とし、力の限り剣を抜こうとしていた一団は、碌に抵抗できないまま切り捨てられあえない最期をとげた。


 兵士や村人たちは思わぬ援軍に力を得て、まとまりながら敵の攻撃をかわして移動を開始し始めた。その行先を塞ごうと姿を現した3メートルを超える巨人を見て兵士数人が前に出る。しかし、その姿はまるで怯えた子羊のようだった。牽制するのが限界でとても巨人を倒せそうにない。


 俺は落石術を唱える。複数の兵士に対して標的を絞り切れず、あっちやこっちに棍棒を振り下ろしていた巨人の頭に石が3発連続で命中し巨人は地面にどしんと倒れ動かなくなった。いきなり倒れた巨人に驚いていた一団だが、後方から追いすがるモンスター達から逃れるようにこちらに向かってくる。


 遠くの方では果音が八面六臂の活躍を見せていた。キラリと杖が太陽の光を反射したと思うと何かしらのモンスターが地面に転がる。兵士たちが下がった分、果音が一人で突出した形になっているのだが、敵をまったく寄せ付けていなかった。常に移動しつつ杖を繰り出して確実に敵の数を減らしている。払い、薙ぎ、突き、振り降ろす、その動きは最早光芒の流れにしか見えない。


 襲撃者達のおこぼれを頂戴するつもりなのだろう、獰猛な大型の野犬が村の中を走り回り、中には何かをくわえている奴もいた。あまり注視しないようにしたが体の一部のようだった。うぷ。そのうちの数匹が俺達を格好の標的と思ったのかこちらに向かって涎を垂らしながら向かってくる。


 そのうちの1頭は喉に矢が突き刺さり倒れ、シュトレーセの戦斧がポンポンと景気よく数頭の頭を跳ね飛ばす。その隙に2頭が少女と男の子を抱きしめるティルミットと俺の方に向かって来ていた。以前の俺ならば為すすべもなく腕かどこかを食いちぎられていたに違いない。


 しかし、俺はもう昔の俺じゃない。大魔導士山田(自称)である。自称であるが一応これでも進化はしているのだ。シュトレーセ達を庇うように立ち、ちょっと膝が震えながらも、ワンドをかざして呪文を完成させる。

「犬が居ぬ!」


 ヤバそうな狂犬が2頭忽然と消えた空間を見ながら、ふうと息を吐く。慣れたのか、俺が成長したのか、じんわりとした痛みすら感じないし鼻血も出ない。周囲の人外レベルには及ばないにしても割と悪くないんじゃないだろうか。俺の呪文はダサいだのなんだの言われてるけどそれなり強力だ。5音で発動するってのもポイント高い。俺は満足していた。

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