第99話 誤解を受けての御回答

 キャロルは静かに一礼をすると部屋の中に入って来る。

「ヤマダ様。さきほどはありがとうございました」

 そう言って深々と礼をした。そのままの姿勢で言葉を続ける。

「寛恕にお応えするため参りました。ご存分に……」

 キャロルの声が震える。


「えーと。良く分からないんだけど……」

 困惑する俺に対し、ティルミットが声をあげる。

「なるほど、そういうことか。キャロルよ。そなたは誤解をしておる。今まで気づかぬとは我もヤマダと一緒にいる時間が長くなり過ぎたのう」

 なんか最近気づかないことが多すぎませんか、大神官さま?


 ティルミットはクツクツと笑い始めた。キャロルも予想外なのか顔を半分あげてティルミットの方を見た。

「キャロルも早う帰った方がよいぞ。誤解に誤解を重ねることになるからの」

「10階になるってか?」

 思わず嘴を挟む俺。ため息をつく果音。ハテナマークを浮かべるその他の面々。


「ヤマダよ。正確な意味は分からんがきっとつまらんことを言っておるのじゃろう。そんな場合じゃないぞ。そなたの悪評が広まるかどうかの瀬戸際なんじゃからな」

 ティルミットは今やウヒウヒ笑っていた。

 

「キャロルさんが俺のことを訪ねてくることがどうして悪評になるんです?」

 同じ空気を吸っただけで汚れるとかそう言いたいのか? さすがにひどくね?

「要するにじゃな。お主はキャロルを呼びつけていかがわしい事をするつもりだと思われているのじゃよ」


「え?」

「おい、山田」

「ヤマダは何するつもりなの?」

「……鬼畜だな」

 おい、サーティス。聞こえてるぞ。


「なあ、ティルミット。今までずっと一緒だっただろ。そんなことを言う暇がどこにあったっていうんだ?」

「うん。まあ、お主にそのつもりはないのじゃろうな。だったら、先ほど切り捨てるなり、頭を踏みつけるなりすれば良かったのじゃ」


「それは人としてどうかと思うし、そんなことをしてみろ、俺の命が無いぜ」

「穏便に済ませるなら、唾でも吐き掛け、立ち去って、一晩あのままにさせるとかな」

「それのどこが穏便なんだ?」


「それを、服や顔が汚れるとか、剣を拾ってやるとか、更に顔を拭く布を渡すとか。それはもう、身ぎれいにして来い、という意味にしかならんじゃろう」

 なにそれ、意味分かんない。

「ああ、くそ、めんどくせえ」


 俺はキャロルさんに詫びを言う。

「ということで、誤解なんで、申し訳ないけど、帰ってもらっていいですかね?」

「そうはいかぬぞ」

「なんでだよ。いいじゃねえか。誤解が解けて皆ハッピー」


「そうじゃなくてもお主は貴族としての行動がなっていないと言われておるしな。今回の行為をお咎めなしという訳にはいかんじゃろう」

「なんだって?」

「仮にも公然と領主に逆らったのじゃからな」


「だって知らなかったんだからさ」

「そもそも領主の顔を知らんということ自体が許されん。まあ、お主が一晩一緒に過ごし、そこで満足したので特別な温情をかける。これはまあ有りな話じゃ。しかし、すぐに彼女を帰すというのはありえん」


 俺は頭を掻きむしる。

「あああ。メンドクセエ。どうしてそうなるんだよ。じゃあ、どうすりゃいいんだ?」

「既成事実にしてしまうか?」

「ない。それはない。それも俺が死ぬ」


 キャロルさんが遠慮がちに聞いてくる。

「先ほどからヤマダ様はどうして、死ぬ死ぬとおっしゃられるのですか?」

「俺が人の道に外れることをしたら、実力で俺を矯正しようという人がいるんだよ」


「ティルミット様は世俗の方ではありませんし、ここにはヤマダ様より身分が上の方はいらっしゃいませんが……。一体どなたが?」

 キャロルさんも好奇心が抑えられないようだ。

「身分とかそういうんじゃないんだよ。俺は山崎に逆らえないんだ」

 俺は果音を指し示す。


「おっしゃってる意味が良く分かりません。ヤマザキ様はヤマダ様に扈従されているわけではないのですか?」

「んー。そういうんじゃないんだな。アタシと山田は対等なんだ。アタシが勝手に山田を守ってるのさ。親しい友達ってやつだね。間違ったことをしようとしたときにはぶっ飛ばしてでも止めるのが友達ってもんさ」


 黙っていたシュトレーセが声を上げる。

「ねえ。ヤマダ。今晩はお客さんが多いわね」

「あ? どういうことだ?」

「ああ、なるほどね」

 納得するうちの前衛二人と、急に血の気が引いたキャロルさん。


 シュトレーセが扉を開く。剣を前に置いた兵士たちがずらりと地面に座っていた。顔を伏せ篝火に照らされたその姿は微動だにしない。

「ほうほう。これは大したものじゃな。本気で反乱でも起こしかねぬの」

 ティルミットが楽しそうな声を上げる。


 俺はごくりと唾を飲み込むとキャロルさんに声をかけた。

「ということで、部下が待ってるようだし帰るように」

「そ、それではヤマダ様の体面が……」

「そんなことよりも、明日からの作戦に支障をきたす方が困るんだ。いい部下を持ったことに感謝するといい」


「し、しかし……」

「明日には過酷な任務を課してやる。それをきっちりこなしてもらおうじゃないか。これからはしばらく屋根の下では寝れなくなるんだ。覚悟しておけ」

 俺は虚勢を張って手を振って下がるように命じる。キャロルさんは深々と頭を下げて引き下がった。ふう。


「部下に甘いという声もあるんじゃがな」

「知ってるとおりどこに部下なんているんだよ? しかし、色々と貴族ってのも面倒だぜ」

「そりゃ、そなたは新参者じゃしの、その上、陛下の信任も厚く、ナルフェン公という後ろ盾もある。皆の見る目が厳しくなるのもやむをえまい」


「それはどうでもいいんだけどさ」

「良くはないぞ。気を付けることじゃ。お主を引きずり降ろそうという輩は絶対にいるからな」

「なんか、すげー萎えてきたんですけど」



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