第98話 成敗ってどうせーばイイの?

「どうか、存分に御成敗を」

 50名ほどの揃いの鎧を着た兵士たちが俺の前の地面に平伏していた。先頭には羽飾りの付いた兜を脇に置き、残光を受けて金色に輝く後頭部を見せている女性がいる。


 防柵と逆茂木で守られたホローの村の中の広場で俺は所在無げな視線をあちこちに送っている。村の住民たちは遠巻きに俺達を見ていた。どちらかというと好意的な視線ではない。本当はもっと厳しい目で見たいけど立場的にできないから、反抗的とみなされない微妙なラインというか。


 金髪女性の前には抜身の剣が置いてあった。幅広の直刀で柄を右側にして置いてある。

「知らなかったとは言え、先ほどまでの非礼、伏してお詫び申し上げます。全てはこの私めの監督不行届、どのような処分でもお受けしますが部下たちには寛大な措置をお願いいたします」


 先ほどまで頑強にこのホロー村に入るのを拒否していたが、ティルミットが前に出たら大騒ぎになった。腐っても大神官さまである。この村にもトルソー神の神官が派遣されており、大神官さまのご尊顔を見て、やべえ、本物のジャレーからの増援だと分かった次第である。


 それだけなら、まあ管轄の違いというか、なあなあで終わる話であったのだが、ティルミットが俺のことを紹介した瞬間に場が凍り付いた。もうピキーンという音が響かんばかりに凍った。俺の目の前でさっきから顔を上げない小隊長のキャロルの顔には絶望が浮かび、割ときつめの顔立ちが見る見るうちに青ざめた。


 なんでそんなことになったのかというと、この村が俺の領地だったからだ。正確に言えば、領地の一部か。全然実感が湧かないが、一応俺は伯爵位をもらっている。その時によく分からないが領地をもらっていたらしい。ただ、そういうノウハウが無いだろうとナルフェン公爵が適当にやっていてくれたようだ。さっきから、らしいとか、ようだとか、要領を得ないこと夥しい。


 ただ、外形的にはさきほどの行為は自分たちの領主が入って来るのを拒んだことになるわけで立派な反逆行為だった。村人たちはともかく、実力で入村を拒否しちゃったリンド小隊は罪を逃れようがない。ちなみに反逆罪に対する刑罰は死刑のみ。しかも通例では聞いてた俺が吐きそうにそうになるほど残虐な方法での処刑だった。


 で、キャロル小隊長の前に置いてある剣は、間違いだったので、慈悲深くその剣で一思いにばっさりやってもらって、残りの者は勘弁してください、との意味である。許せないなら、生きたまま少しずつ切り刻もうが何をしようが受け入れるので部下は助けて欲しいと顔が汚れるのも厭わず地面にこすりつけていた。


「いやあ、そんなつもりじゃなかったんだろうしさ。ほら、服とか顔も汚れちゃうし顔を上げて立ってよ」

 その場の雰囲気がいたたまれず、取りあえず俺はそう言った。それでも、顔を上げない。


「ねえ、いつまでそうやってるの? もうすぐ日も暮れるし、疲れたし、早く食事して寝たいんだけどさ」

 わずかながら不快感が声に混じってしまったかもしれない。まあ、俺だって後ろで早く何とかしろって無言の圧力駆けてくる果音その他がいるんだもん。その声を聞いて、キャロルが顔をあげて立ち上がる。


 俺は剣が地面に置きっぱなしだったので、拾ってキャロルに渡そうとする。もちろん、刃先を他人に向けるなんてマナー違反はしてはいけないので握り手の方をキャロルに向けてだ。はさみの受け渡しだって厳しく躾けられたので、こんなバカでかい剣ならなおさらだ。


 キャロルはポカンという顔をする。そうするとなかなか可愛い表情になった。年も20代半ばだろうか。それなりに持ち重りのする剣だったのでさっさとキャロルの手に押し付ける。顔についた汚れが気になったので、ハンカチサイズの汚れてない布も渡した。

「顔の汚れを落としなよ」


 やれやれ、やっとこれで休めそうだ。

「それじゃ、どこか空いた建物はあるかな?」

 我に返ったキャロルはキビキビと部下に指示を出しつつ、俺達を村の中の1軒の家に案内する。あまり使われていなそうな建物で、大慌てで掃除した様子がうかがえる。

「今はもう用は無いよ。色々することもあるだろうし、案内ご苦労さん」


 1階の大部屋で寛いでいると村長が挨拶に来る。鶴のように痩せたじいさんだった。ご領主様の寛大さに感銘を受けましただの、できますればキャロル様にもなにとぞその寛大さを、などと言う。良く分からないから適当に相槌を打っていたら、次々と料理が運ばれてきた。とても5人で食う量じゃない。まあ、食わせれば食っちまうのがうちのパーティには居るが、今日の午前中も服を脱いでどこかに行っていたので今は腹はそれほど減ってないはずだ。


「なんだ、この料理は?」

「はい。ご領主様がお見えになられましたので、精一杯ご用意いたしました。急な事ですのでこのようなものしか用意できず申し訳ございません」

 床に這いつくばろうとする村長を止める。


「いや、こんなにたくさん食えないよ。まあ料理しちまったなら仕方ない。残したらもったいないし、そうだな……、こっから先は皆で分けてくれ」

 俺はテーブルに所狭しと並べられた料理の大半を示す。残りの量でも多すぎるぐらいだ。


「そ、そんな……」

「せっかく運んでくれたのに悪いな。でも、まあ暖かいものは冷めちまう前の方がいいだろう」

 村長はあわあわしているので、運んできてくれた肝っ玉母さん風の女性に直接下げるように頼んだ。


 食事を終えて、さて、そろそろ寝るかな、と思いながら、果音に期待の視線を走らせてしまう。まあ、でも無理だな。この状況で手に手を取り合って2階に上がっていく度胸はない。すると、玄関のドアがノックされて、シュトレーセが開ける。さきほどの鎧姿ではなく、褐色のシンプルな服を着たキャロルが緊張した面持ちで立っていた。

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