第85話 会いたいと希望して相対したら冷淡だった

「事情は承知した。所定のルートの通行は許可しよう」

 恐ろしいほどに端正な顔立ちのアンワールはそう言った。イケメンである。いや、そういう薄っぺらい表現では恐れ多い感じがした。おっと、そんなことより、任務任務。これで交渉の半分は終了だ。


 俺はほっとして気が緩み、頭を巡らして、この場にいる人々を眺めた。今回は旧知の間柄であるティルミットに交渉を任せているので俺は手持無沙汰だった。さっきまではビビりまくってたけど。森の民のテリトリーに入った途端、俺の足元1センチの場所を矢が射抜いた。


 果音は杖で払い、シュトレーセは手で掴んでいた。ティルミットも予想していたのか、足元に刺さる矢を見ても平然としていたが、俺は大事なところがひゅっと縮みあがった。警告射撃にしちゃ近すぎです。

「我はトルソー様の大神官ティルミット。貴公らの長アンワールに会いたい」


 そうして連れてこられたのが、森の中の小屋だった。小屋といってもそれなりに広い。森の民はあまり姿を見せようとはしなかった。それでも見かけることのできた少ない人たちはみな美男美女ばかりだった。ほとんどが男ばかりで女性はあまり姿を見せることは無かったけど。


 その少ない女性であるアンワールの娘である姉妹は父の後ろに控えて、冷ややかな視線を俺に送っている。全体的に華奢でメリハリのない体つきだったが、白磁のような透き通った肌と繊細な造作は十分観賞に堪えるものだった。一方でその冷淡な目線は俺を萎えさせる。うっかり踏んづけちゃった犬の糞でも見るような目つきは、そういう趣味の方にはたまらないだろう。


 ちなみに俺にそういう趣味は無い。果音にいいように振り回されているけど、別にマゾってほどでも無いはずだ。もっとも、最近はちょっと目覚めつつある気がしなくもない。やっぱ違うな。果音の罵詈雑言に悪意はない。悪意が無ければ良いってもんでもないけど、それでもやっぱり違う。


「それで、我らに与するという件じゃが如何かの?」

 ティルミットの問いに対して、アンワールは黙り込んだ。俺は観察を継続する。アンワールの横にいるのは息子のサーティスだった。姉妹よりは暖かい表情をしているが、俺と目線が合いそうになると顔を背ける。え? なんだよ。

「相談する故、しばし待たれよ」


 アンワール達が退席すると果音が小声で話しかけてきた。

「やっぱり、あまり歓迎されてない感じだね」

「ヤマダを見る目が特に厳しいような感じがしたわ」

「お前、また舐めるような視線であの姉妹を見てたんだろう?」


 俺は首がもげる勢いで横に振った。

「他にすることないから相手の観察はしてたけど、そんなことはないぞ。その言い分はひどくないか?」

「どうだかな」

「俺がそんなことをする理由がないだろ?」

 これ以上はないというぐらい誠実な表情をする。


「ヤマダって、綺麗な女性が近くに来るとすぐ目で追いかけるわよね」

「シュトレーセ、変なことを言うのはやめてくれ。それは男の悲しい本能なんだ」

「ふううん」

 果音の声に危険な兆候がでる。


「お主ら、退屈なのかもしらんが、もうちょっと緊張感持って過ごすことができんのか?」

「だって、山田をからかうぐらいしかアタシらはすること無いからね。まあ、期待通りの反応してくれるし」

 そういう心臓に悪い遊びはやめてくれ。


「いっそ、交換条件で何か頼み事されるなら、張り切りようもあるんだけどな」

「頼み事ってなんだよ?」

「例えばの話だよ。なんか強い相手と戦うのに助太刀して欲しいとかさ。ドラゴンとか魔神とか」

「それいいわね。私も頑張るわ」

 やめてくれ。さすがにそれは俺が死ぬ。


 俺達がそんな会話をしているとアンワールを先頭に森の民が戻ってきた。

「貴公らが我らと組むに値する相手か判断するために、試練を受けて頂こう」

「試練とは?」

「古代の墓所にある印を取ってきてもらいたい。貴公らが資質を持つものであれば手に入るはずだ」


「アンワール殿。我らの実力はお分かりであろう。そのような時間をかける必要はないと思うがの?」

「いかにも、闘いということであればかなりの実力をお持ちだろう。ただ、我らが知りたいのはただ剥きだしの力ではない、と言えば理解して頂けるかな?」


「難儀じゃが承った。それ以外、手段が無いというならやむをえまい。では、その古代の墓所へ案内して頂こうか? 我らが勝手に押し通るわけにもいくまい?」

「そのように急がなくとも、一晩休まれてから出かけては?」

「我らは時間が惜しい」


「道中も決して楽な道ではないし、少し休んでからの方がいいと思うが。万全の体制でなければ、墓所での試練に失敗しよう」

「我らが歓迎されざる客なのは承知しておる。貴殿も我らがこの辺りをふらふらするのは好むまい。心遣いは有り難いが直ちに出発したいのじゃが」


 アンワールはフッと笑いを漏らす。

「相変わらず、人というのはせっかちなものだな。では、我が息子に案内させよう。ただ、サーティスは墓所までの道を示すのみ。道中の障害を排除する手助けはせぬぞ」

 ちぇ、どうせならあの姉妹の案内の方が良かったのにな。


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