第86話 混乱の魔法。ま、放っておいたら大変だったな

「ここだ」

 サーティスが森の奥にある谷間の奥の洞窟に案内する。ぶっきらぼうだが、女性陣に対する物腰は悪くはない。というか、俺だけガン無視されている。俺だったら初対面の男女混合グループに話しかけるなら男性を選ぶけどな。さすがイケメンは俺とは違うぜ。


「ここが墓所という訳ではないのじゃろうな?」

「ああ。ここは墓所への通路だ」

 サーティスは手にしていた半弓を腰に下げると代わりに小剣を手にした。

「二人並ぶ広さがあるようじゃな。ではどう並ぶ?」


「後方は気にしなくていいんじゃないか。だから、山崎とシュトレーセを前にして進もう。次が俺とティルミット。最後がサーティスさんってことで」

 仲間たちから了承の声が返ってくるので、サーティスを見ると返事もせずに視線を外す。はあ、めんどくせえ。


 洞窟に入ると俺とティルミットはジャレーから持ってきていたカンテラを掲げる。一方の遮光版を外して、ティルミットが魔力を供給するとその方向を明るく照らし出した。15メートルぐらいは光が届いている。暗闇に潜む魔物はこの光を浴びるだけでしばらく目がくらむはずだ。


 人工的に作られた洞窟は真っすぐ500メートルほど進み15段ほどの階段にぶつかる。階段を用心深く降りていくと、通路の先に子供ぐらいの大きさの灰色の肌をした一団が居るのが見えた。翼が生えており、目の部分は白くなっている。カンテラの光に反応しないことからすると目は退化してしまったようだ。


「闇夜の徘徊者じゃ。呪文を使わせるな。すぐに倒すのじゃ」

 あまり強そうじゃないな、という俺の感想を吹き飛ばすティルミットの緊張した声に前衛二人が階段を飛び降りる。スライディングしながら足元に戦斧で攻撃を仕掛けるシュトレーセ。手に持つ剣で対応しようとする徘徊者だったが、剣を弾かれひざ下を切断される。


 もう片方の徘徊者は視線を下に向けた隙に果音の棒の直撃を頭に受けて倒れた。第2陣も二人が片付けたが、その後ろの1体は呪文を完成させる。果音とシュトレーセのいる空間を黒い靄が包んだ。シュトレーセの体は靄を払いのけ、呪文を使った1体に突っ込み難なく真っ二つにする。


 その間、果音は体を強張らせて杖を構えたまま動かなかった。両耳のイヤリングがピカリと光を放ち、靄が晴れる。横に居たティルミットがほぅと溜息を吐いた。

「危ない所じゃった。魔法が効かなかったようじゃの」

「あの呪文は何だ? 危険なものなのか? 山崎は大丈夫なのか?」


 残った徘徊者達を掃討する二人に目をやりながら俺は気が気じゃなかった。

「心配するな。あの呪文は抵抗されれば何も効果は発揮せんのじゃ。お主の買ったイヤリングが役に立ったの」

「もし抵抗できなかったらどうなっていた?」


「さあ。かなり危険だったろうな。お主、ヤマザキの杖をかわせるか?」

「いや、無理だろうな」

「我も成すすべがないじゃろうな。あの呪文はかかった相手を混乱させ、周囲の全てを自らの敵と認識させるのじゃ」


 俺はゾッとする。果音が本気で向かって来たら、ティルミットと俺は即死だ。シュトレーセが止めに入るだろうが、そうすると残りの徘徊者を掃討できず、また呪文を唱えられていただろう。まあ、呪文の効果はあまり長続きしないそうなので、錯乱した果音がティルミットを除くすべてを叩きのめした後に正気に返るのだろうが……。


「どうした? 二人ともそんなに青ざめて。そんなに危ない感じだった?」

 事情を知らない果音が目の上に手をかざして光を遮りながらやってくる。カンテラの向きを変えるときょとんとした顔をしていた。

「いや。よく敵の呪文に耐えたな、って話」


「ああ。あれな。胸のあたりがぞわぞわして気持ち悪かったな。途中ですっと消えたけど、あれはこれのお陰かい?」

 果音の指が耳に付けたイヤリングを弾く。キラリと揺れたイヤリングに視線を向ける俺達を見ていた果音はニコリとする。

「さ、先に進もうぜ」


 先に進むと洞窟には何かの骨やら、錆びた剣やら、布の一部などが転がっていた。

「あの連中の犠牲者のようじゃの」

「じゃあ、しばらくは敵に遭遇しないかな。どうやら一本道みたいだし」

「隠し扉とかがなければの話じゃな。そういうのはあるのか?」

 ティルミットがサーティスに問いかける。


「そういう物はない。動物の作った小さな横穴ぐらいはあるかもしれないが」

 てっきり返事をしないと思っていたサーティスが応えたのに俺は驚く。

「ありがとうな」

「……」

 はあ。そうですか。


 また階段があり下に降りる。そのフロアの床にはピンポン玉を半分に切ったような茶色い虫がいっぱいいて、不意に現れた俺達を見て逃げ散る。小さな足を動かして壁に開いた小さな穴に逃げ込む奴らもいたが、いくつかは俺達の脇をすり抜けて逃げて行った。先日の食事を思い出してぞわぞわしていた俺だったが、果音とシュトレーセがそのまま進もうとするので大声で制止した。

「待った。それ以上進まない方がいい」

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