第73話 褒美は……。ほう、びっくりだぜ

「此度の宮廷魔術師ヤマダの働き、大儀であった」

「ははっ。お役に立てましたなら光栄であります」

 俺はシュターツ王に頭を下げる。ジャレーの王宮に戻ってきていた。王が退席した後に俺達も引き上げようとするとナルフェン公爵が近寄って来る。


「ヤマダ。陛下が貴殿と内密に話されたいそうだ」

「え? 私と?」

「ご案内しよう」

「ちょっと待った」

 果音から制止の声がかかる。


「山田を一人にするわけにはいかないね。なんてったって、こいつは目を離すとすぐに命の危険が迫る癖があるからな」

 多少はオブラートに包んでいるが、要は俺を連れてって闇討ちするんじゃないかと疑っている。かなり大胆な発言だ。


「そうだな。その心配は当然だろう。ただ、今のヤマダ殿は以前とは違う。そう軽々と手を出す者はおらぬよ」

 俺はクァリロン女王から、水棲人の友にして次期国王の名付け親の称号をもらっていた。


 俺がベッドから解放された後に女王と謁見した際に、産まれた王子の名前を付けるように頼まれたのだ。散々悩んでジロウと提案したらとても喜んでもらえた。俺の弟分を意味するということが気に入ってもらえたらしい。ちなみにクァリロン女王とシュターツ王との親善交渉の話は無くなった。


 正確に言うとその必要性が無くなったといった方がいいだろう。女王は言った。

「妾とジロウが王位にある限り、ヤマダ様は我らの友人であることしかと約するゾヨ」

 つまりは俺は生きた友好条約になったわけだ。


 もちろん、その事を知っているのは極一部の人間だけだ。そんなことを言いふらされたらたまったもんじゃない。両王家の離間を図る勢力にしてみれば格好の標的になってしまう。ということで、シュターツ王にしてみれば理由は詳らかにできないものの俺は大切な人間になったというわけ。それが短期間で爵位を進めての伯爵位のご下賜という形となった。


「山崎。大丈夫だよ」

「アタシはアタシしか信用しないんだ」

 昂然と言い放つ。そりゃそうだろうけどさ、少しは空気読もうぜ。ナルフェン公爵はふうと息を吐きだす。


「では私がヤマダ伯が戻るまで皆さんと共に居よう。バデッド!」

 ナルフェン公爵が呼びつける。岳父に呼ばれてイーワル男爵がやってきた。

「ヤマダ伯を陛下の元へ。第3応接室にご案内せよ」


 なおも納得しなさそうな果音を宥める。

「なあ、山崎。すぐ戻ってくるからさ」

「山田。約束忘れたわけじゃないだろうな」

「はいはい。覚えてます。後でちゃんと買い物に付き合いますから」

 ようやく果音のお許しが出る。


 長い廊下を歩きながらイーワル男爵が微妙な表情をしていた。

「イーワル殿。何か?」

「いや。なんでもありません」

「遠慮せず言ってください」


 歩哨の兵士の敬礼を受けて返しながらイーワル男爵は少しだけ口をつぐむがやがてためらいがちに切り出した。

「閣下も……ヤマザキ殿には頭が上がらないのですね?」

「なんだ。そんなことですか。まったくもっておっしゃる通り、全然頭があがりません」


「それでよろしいのですか?」

「良いも悪いも、私が今こうしてられるのも彼女のお陰。命の恩人ですから」

「世間の目は気にならないのですか?」

「これっぽっちも」

 俺は親指と人差し指で紙一枚分の隙間を作ってみせる。


 イーワル男爵はふーっと息を吐きだす。

「閣下は強い方なのですね。失礼ですが今まではそれほどとは思っていませんでしたが、やはり閣下は凄い」

 俺は苦笑する。


「いや。買いかぶりですよ。私は他人にぞんざいに扱われるのに慣れているだけです。想像されているよりつまらん男ですよ」

 手のひらを振って、もう一方の手で頭をかく。別に謙遜しているつもりも無かった。


「それに山崎はいい子ですよ。口が悪くて手も早いですけど。だいたい、あの子に勝てる男なんてそうそういないでしょう?」

「まあ、おっしゃるとおりですね。閣下に立ち入ったことをお聞きして申し訳ありません」


「ああ。そんな他人行儀はやめてくださいよ」

「しかし……」

「私は安宿で出てくる朝食のハムより薄っぺらい男です。周囲に助けられてこんな過分な地位を頂きましたけど。どうかヤマダと呼んでください」


「では、ヤマダ殿。今度二人でお酒をいかがです?」

「私は構いませんがどうして急に?」

 イーワル男爵はにこりと笑う。

「お互い強い女性が側に居る身です。もちろん、私は妻を愛し、尊敬していますが……、それでも胸の内にしまっているものはおありでしょう?」


 OK。イーワルさんよ。あんたとはいい酒が飲めそうだぜ。

「ぜひ、喜んで招待をお受けしますよ」

「場合によっては私がお伺いすることになるかもしれませんが。もちろん秘蔵のお酒を持っていきます」

「いいですねえ。では近いうちに」


 ちょうど第3応接室にたどり着いた俺達はがっちりと握手をした。僅かにけげんそうな色を見せる歩哨の兵士を尻目に俺は扉を開けて入る。別の兵士が走って行った。王を呼びに行くのだろう。さて、どんな話なのかな?


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