第74話 帰還するまでの期間のことを聞かんとする
第3応接室は寛いだ雰囲気の部屋だった。人間をダメにするやつに似たクッションがいくつも置かれていて、他には低い台がある。壁紙もパステル調で厳めしい感じは全くない。俺の入ってきたのとは反対側の壁にも扉が一つ。残りの1面は壁でもう片方は大きな窓になっていた。
反対側の扉がさっと開いて、ほそっちいガキが入ってきた。おい、部屋間違えてんぞ、と声をかけようとして気づく。シュターツ王だった。7分丈の幅広のズボンと貫頭衣を来ただけのラフな格好をしているから一瞬分からなかったぜ。あぶねえ。
俺は慌てて膝をつこうとする。
「いいから、いいから。ここ座ってよ」
自らもクッションをかき集めて座り込んだ横をポンポンとシュターツ王は叩く。どうしたらいいか分からずフリーズする俺を見てシュターツ王はせっかちに言う。
「ほら、ここだよ。早く座って」
俺は恐れ多さに背中に汗をかきながら、王のすぐそばに座った。王は何が面白いのか俺の顔をしげしげと眺めて手を叩いて喜ぶ。
「ヤマダって、どこにでも居そうなふつうのおじさんだね。顔もカッコ良くないし。力も強くないし、火炎魔法とかも使えないんでしょう?」
いくら相手が王様とはいえ、ひどい言われっぷりである。俺が思わずムッとしかけそうになったところに次のセリフが耳に届いた。
「でも、それでも活躍するんだから凄いなあ。ねえ、クァリロン女王のとこでの話を聞かせてよ」
「陛下。それは報告したと思いますが……」
「あんな要約じゃなくってさ、ヤマダが何をしてきたのか詳しく聞きたいんだ。ねえ、どうやって、悪い奴をやっつけて、女王の子供を救ったの?」
王様はそこにはおらず、話を聞きたがっている男の子がいるだけだった。
俺は卵にかけられた呪いを解いたこと、顧問の悪事を暴いたこと、カードラとの戦い、臨死体験、名付け親になったことなどを話す。話終わると喉がカラカラだった。それでも、驚いたり、悲しんだり、話に聞き入ってくれる相手に話をするのは楽しかった。
俺が咳き込むとシュターツ王は扉のところまで行き何かを言う。すぐに女官が飲み物と軽いお菓子を運んできた。女官が消えるのももどかし気にシュターツ王は俺に飲み物を勧める。
「ノド乾いたでしょ。遠慮せず飲んでよ」
「はあ、頂きます」
俺はコップの飲み物を飲み干す。甘くて爽やかな味がした。
「それでさ、ヤマダはどうして簡単な魔法も使えないのに、そんな不思議な魔法が使えるの?」
「私にも良く分かりません」
「なーんだ。つまんないの。僕にも教えてもらおうと思ったのに。でも、だったらどうして使えるのさ?」
「理由は分かりませんが、どうやったら魔法が効果を発揮するかは分かっているんです」
俺は元居た世界の言葉で同じ音を重ねると効果を発揮することを説明する。
「ふーん。僕にも使えるかな?」
「どうでしょうか。私の連れの山崎は使えませんが」
「ああ、あのめちゃくちゃ強いお姉ちゃんだね。僕のことをよく睨んでるけど」
「陛下、それは……」
「いいから。僕は気にしてないよ。それだけヤマダのことを心配してるんだってナルフェン公も言ってたし」
俺はその言葉に胸をなでおろす。
「それよりも、何か使って見せてよ」
「急に言われましてもね」
「なんでもいいからさ。ちょこっとだけ。魔法は見せびらかすものじゃないってナルサス尊師もいってるけど。ね、いいでしょう?」
うーん。困ったな。
俺は王に習ってテーブルの上の菓子を無意識のうちに手に取って口に入れる。柔らかなくちどけと共にほのかな上品な甘みが広がった。
「では、つまらぬ技でもよろしいですか?」
「うん」
「それではこのとても美味しいお菓子を別な味にして見せましょう」
俺は菓子をもう一つつまみ上げる。
「お菓子がおかしな味になる」
半分に割って口の中に入れる。うええ。にがしょっぱいタイヤのような味がした。同僚から外国旅行の土産にもらったアイツの味。
「陛下、やっぱり止めたほうが……」
俺が止める隙もあらばこそ、シュターツ王は残りの半分を手にする。そして、それを口の中にポイっと入れて噛み占める。
「うわあ。生まれてからこんな味のもの食べたことないや」
「申し訳ありません」
「ううん。謝る必要なんてないよ。本当に味が変わるんだね。うーん。最初は変な味と思ったけど、食べ終わるとまた食べたくなるような気がする」
マジですか? 慣れない人には世界一とまで言われる菓子の味ですぜ。
「じゃあ、僕もやってみよう」
シュターツ王は菓子を手に持って、俺のセリフをなぞる。
「さて、これでどうなるかな?」
口に入れた王の表情ががっかりしたものになった。
「やっぱりダメみたい。僕も使えたら良かったのになあ」
「何か御用がありましたら、申しつけください。すぐに私めが行います」
シュターツ王はため息をつく。
「できれば、自分で何かを成し遂げてみたいんだけどね。難しいなあ」
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