第65話 塩でシオシオ

「塩でシオシオに萎れろ」 

 おーし、じゃなかった。よーし。俺の狙い通り、ナメクジは水分を塩に奪われて、みるみるうちに小さくなっていく。ちょっと勿体なかったかな。賞味期限のない食品なのにこんなことに使っちゃって。


 小さくなったナメクジはもう再生能力を発揮できないらしく、シュトレーセが斧でズタズタにする。

「ヤマダ。すこいじゃない」

「一体何をしたんじゃ? どうして急に小さくなった?」


 称賛と疑問の声にさらされる中、黙った一人は俺の事をじっと見ていた。果音の方を向いて俺は報告する。

「仰せの通りにやっつけました」

「ああ。そうだな」

「何か、ご不満でも?」


「あ、いや。不満はない。それで、さっきの事は忘れろ」

「忘れろって何を? 山崎がナメクジが嫌いだってことか?」

「そうじゃなくて、ちょっと前のことだ」

 うーん。なんだろうな?


「分からないならいい」

 首をかしげる俺に向かって言うと、果音は放り出してあった杖を拾い上げようとして動作を急停止させた。

「なんだ? これ変にテカっているぞ?」

「ああ。俺がさっき、ナメクジ攻撃した時についたのかも」


「うわああ。なんてことをするんだ。山田。すぐに拭け。キレイに拭け」

「はいはい。すぐにやるよ」

 俺は残っていた塩で擦り落とし、そばの池の水に浸けてから布で杖をぬぐう。また、塩を買い足しておかなきゃな。

「これでいいか?」


「ちゃんと拭いたか? 舐められるほどちゃんとやったか?」

 何それ、ブラック企業の新人研修でやるトイレ掃除かよ?

「舐めろと言われればやるけど、それでいいのか?」

「やっぱいいや」


 果音は杖をしげしげと眺めていたが俺の手から受け取り一振りする。びゅん。軌道を目に捕らえることが難しいほどのスピードだ。

「うん。大丈夫だ。きれいになったみたいだな。山田、ありがと」

「どういたしまして」


 こうやってぴょこんと頭を下げる姿とか可愛い女の子なんだけどな。戦闘が始まると人が変わったようにカッコよくなる。果音は迷惑そうだったけど、求婚者が殺到したのも当然だと思う。本人はどっちの姿を好ましいと思っているんだろうな?


「おい、山田。後ろ」

 緊迫した声の果音に言われて振り返ると体長4メートルもあろうかという巨大な鰐のような怪物が草むらから這い出て来るところだった。俺はぎゃっと慌てて逃げ出す。


「今日はよく遭遇するのう。あれはドラゴダイル。装甲が厚いし、噛みつかれたら骨ごとかみ砕かれるぞ」

 ティルミットの解説が入る。世界の全てを知っていただけあって詳しい。考えて見ると相手の能力が分かってるってのは結構なアドバンテージだよな。


「じゃあ、今回はアタシの番だね。シュトレーセは休んでて」

 果音が前にずいと出る。

「おい、大丈夫か。丸のみされちまいそうだけど」

「へーき、へーき。まあ、見てなって」


 果音は無造作に前に出る。ぱっと食らいつこうと飛び出したドラゴダイルを避けるとその鼻の上にちょんと飛び乗った。ドラゴダイルは首を振って振り落とそうとするが、果音はその上でバランスを保っている。そして、疲れたのか動きが鈍くなると、縄で口先を縛ってしまった。


「はい。いっちょ上がり」

 果音は飛び降りると距離をとる。それから嵐のような連打を打ち下ろした。ほぼサンドバック状態である。俺はドラゴダイルにほんのちょっぴりだけど同情した。


 頑強なはずの表皮が避け、血がにじむ。強烈な突きが目と目の間を貫通してドラゴダイルは動かなくなった。

「ま、ざっと、こんなもんだね。こういう噛む力が強い奴も口を開く力は大したことがないんだ。だから口を縛ってしまえばこっちのもんさ」


「しかし、そう簡単に傷つくはずはないのじゃがのう」

「そうだね。なんか前よりも当たったときの手ごたえが良くなったような気がする」

「まあ、いいじゃないか。それよりここから離れようぜ。また、何かが出てくると面倒だ」


「先に行ってて頂戴」

 シュトレーセが服に手をかけながら言う。意図を察して果音を先頭に歩き出し、しばらくしてから振り返ると猫の姿になったシュトレーセが満足そうにはむはむしている姿が見えた。


「あれって食べても大丈夫なのかね?」

「鰐の肉は意外と食えるぞ。味付けして干しておくとビーフジャーキーと変わらないけど」

「でも、あれは鰐というよりは恐竜って感じじゃん?」


「ほら、あいつは強いだろ。だから、体内に毒とかそういうものを持つ必要がないから、むしろ安全なんじゃないかねえ」

「そういうもんか。まあ、シュトレーセは大抵のもの食べても平気って言ってたからな」


 しばらくすると身軽な足音が聞こえる。

「ただいま」

 見ると手には大きな葉に包まれたものがあった。

「初めて食べたけど美味しかったわよ。それで、ちょっと残してヤマダにもってきてあげたわ」


「なんか悪いな。気を使わせて」

 にっこりと笑うシュトレーセ。

「いいのよ。ヤマダももっと大きくなってね」

 いや、もう成長しないと思うけど、何を期待しているんだ?

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