第64話 ナメクジ? な、目くじら立てるなよ

 船に乗りはるばるやってきた王国の北西部は湿地帯だった。じめっとしており、夏の季節だったら厳しかっただろう。植生も高木が消え、灌木と草、キノコがメインになる。辺境になったせいか、ちらほらモンスターの姿も見えるようになった。


 そいつらに出くわしたときには、大したことにはならないと思ったが、結果的に俺は目を疑うことになった。あの、歩く破壊衝動、人類の最終兵器の果音が真っ青な血の気の引いた顔でガクガクと震えだしたのだ。その相手は確かに体長は1メートルを超えており、でかいっちゃでかい。しかし、動作もトロそうだし脅威になるとは思えなかった。


 しかし、そいつらが向きを変えて俺達に向かってこようとする気配を示した途端に、先頭に居た果音は身を翻すと俺達の方に凄い勢いで走ってくる。そして、2番目に歩いていた俺に抱きついてきた。その勢いで俺は後ろに倒れてしまう。ひょっとすると何かで機嫌を損ねて体当たりをされたのかもしれない。

「お、巨大ナメクジじゃな。眠りの魔法を使ってくるぞ」


 果音はガタガタと震えている。俺の腕の中の果音の肌にはプツプツと鳥肌がたっていた。

「ぬ、ぬめっとしててダメなの……」

「へ?」

 果音はぎゅっとしがみついてくると俺の服に顔を埋める。お気に入りの杖も手放して。


 立ち上るいい香りに俺の意識もほわーんとしそうだ。意識が遠のきそうになる。違う。これはティルミットの言っていた魔法? 上半身を起こすとナメクジは触角を伸ばしたり縮めたりしながら体を震わせている。果音は意識を失っていた。

「ふう。意外に強力じゃな。対抗呪文をかけてなければ危なかった」


 図体がでかい割には意外と動きが素早く、すぐ近くまで奴らが来ている。俺は果音をそっと横たえると、杖を手にしてナメクジと果音の間に立った。

「杖は強えんだ。なめんじゃねえぞ」

 体が大きくてもナメクジだ。あまり恐怖は感じない。力いっぱい触角の辺りをぶん殴る。


 ぶん。自分でも驚くほどのスピードが出て杖がナメクジの頭にヒットした。ナメクジの体がゆらりとなる。お、いい感じ。そう思ったのもつかぬ間、ナメクジは態勢を立て直し、にじり寄ってくる。うーん、体重は結構ありそうだし、のしかかられると厳しそうだな。とりあえず、やたらと杖を振り回し時間稼ぎをした。


「ヤマダ。代わるわっ!」

 来ました。来ました。シュトレーセ。飛び込んできた我らが強力打者。戦斧が一閃してナメクジの胴体に叩きつけられる。切れ味鋭くナメクジの体を切断した。俺は邪魔にならないように後退する。


「ふう、これでもう安心だな」

 ティルミットに話しかけると厳しい表情を崩さない。

「そうはいかぬぞ。とりあえず、ヤマザキを起そう」

 呪文を唱えて、手を果音の額にかざす。すると、果音がパチリと美しい目を開いた。


「あれ? アタシどうしたんだろう?」

「魔法で眠らされたみたいだぜ」

「そっか、そういえば……。いやあああ、まだあれいるじゃない」

 女の子のような悲鳴を上げて果音はズリズリと後ずさる。まあ、女の子なんだけどな。


「そんなに怖がらなくてもいいじゃんか。所詮はナメクジだぜ」

「いやなものは嫌なの」

「俺でも杖でぶん殴れたし、ほら、大丈夫」

 それまでパニックになっていた果音が急に落ち着く。


「あのなあ、山田。あれはナメクジだ。でんでん虫じゃねえっ」

 果音は俺の服の襟をつかんで揺さぶる。

「つまらんセリフを言ってる暇があったら、あいつらを何とかしろ。今すぐに」

 く、苦しい。さっきまでの女の子らしさはどこへ?


「そうじゃな、そなたも加勢した方がいいじゃろう。あやつらは再生能力が高い。打撃や切断で倒そうとすると大変じゃぞ」

 確かにすぐに圧倒するだろうと思った強打者スラッガーナメクジスラッグの戦いは続いていた。


 2体1でも有利にシュトレーセは戦いを進めてはいたが、少々持て余し気味なのは確かなようだ。

「ほら、早くしろ。山田。さもなきゃ、許さないからな。後で関節技の実験台にしてやる。ひいひい言わせるぞ」

「わ、分かったから落ち着け」


 俺はティルミットに話しかける。

「なあ、ティルミット。あれはそれほど強いモンスターじゃないんだよな? だから、そんなに強い警告をしなかったんだろう?」

「まあ、初級の火炎魔法でも使えば楽に倒せるからな。普通は、魔法使いがいればそれほど苦労はせんのじゃが……」

 はあ、そうですか。そんな魔法は使えず申し訳ありません。


 そうだ。俺は肩から下げていた袋を漁る。あった、あった。小さな革袋。最近はすっかり出番がなかったけど、最初の頃は重宝したんだったな。まあ、別に腐るものじゃないし、捨てるのももったいないとしまっておいて良かった。なんでも取っておく貧乏性が役にたったぜ。


 俺は革袋の中に手を突っ込んで、ナメクジに近づいていく。

「シュトレーセ。離れろ」

 ぱっと飛びのくシュトレーセ。相変わらずしなやかな動きだ。感心しながら俺は手の中の物を標的に向かって投げつけた。

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