第60話 完敗に乾杯
「そなたがヤマダか。面を上げよ」
甲高い声に従って、俺はそろそろと視線を上げる。数段の低い階段の上にある立派な椅子に腰かけているのは、少年だった。足も地面に届かず、座り心地は悪そうだ。頭の王冠もサイズが合っておらずグラグラとしている。
シュターツ王。御年10歳らしい。細っこい体つきをしていて、ちょっと頼りなさそうだ。左右にはカハッドのおっさんとか、ジョゼさん改めジョゼット・ナルフェン公爵とか、白い髭のじいさんとか、ティルミットがいた。なかなかに痺れるメンツである。
ナルフェン公爵を除けば、俺を城の地下牢に拘束することを決定したメンバーだ。俺の後ろに頼もしいのが控えているのはちょっと安心。振り返って見るわけにはいかないが、左側には濃い緑のロングドレスを着たシュトレーセと赤い騎乗服に身を包んだ果音がいる。
なかなかに決まった格好をしているはずだ。服と靴、アクセサリーまでコーディネートされている。貴族のアリエッタさんのお見立てだ。王の御前ということで目いっぱいおめかししている。ちなみに俺の服は深い青で統一。その格好を見て果音は、やっぱ馬子にも衣装なんだなと、素直に感心していた。ほっとけ。
真っ赤な絨毯から片膝を離して立ち上がる俺の後ろからも衣擦れの音がする。
「御意を得ましてお目にかかります。私は山田。右に控えますが山崎、左がシュトレーセでございます」
代表として俺が言葉を述べる。喉がカラカラでちょっと掠れてしまった。まあ、仕方ないだろう。大広間の左右にはびっしりと人が詰めかけている。
ナルフェン公爵が請け合ったが、万が一、やっぱり捕まえろ、ということになったら厳しい状況だ。魔法を使える連中もいるだろうし、こちらは丸腰だ。まあ、武器の無い点はあまり問題ないけど。前回この場所で捕まった記憶が俺の首筋をチリチリとさせる。
「此度のヤマダ殿の働きに応じ、ヤマダ殿を宮廷魔術師に任ずる。以後も我が王国に協力いたせ」
式部官の平板な声が宣言した。
「はっ。必ずやご期待に沿えるよう努力いたします」
ということで、これが今回の騒動の着地点となった。一言で言えば、あの騒ぎは無かったことにして、俺を抱き込もうということになる。俺は宮廷魔術師となり、地位としては子爵相当となった。貴族様である。とはいえ、俺に領地はない。あくまでそれぐらいの偉さっていうだけだ。なお、果音とシュトレーセも王国騎士に叙任された。
頭を垂れている間に音楽が奏され、国王陛下が退出される。空気が緩み、広間にガヤガヤという声が満ちた。俺達は促されて広間の脇の扉から出て別の部屋に通される。部屋の中には先ほどのお偉いさん連中がいた。これからが本番だ。
「では、ヤマダ殿も我らの同僚となった。過去は忘れて、これからはお互いに協力することに異存はないでしょうな」
「もちろん」
ナルフェン公爵の発言に屈託なく返事をするのはカハッド大神官だ。
「貴公の家中の二人と再戦させてもらえればなお良しだな」
果音達に倒された後、意識を取り戻したカハッドさんは狂喜乱舞したそうな。これでワシも更に高みを目指せると祝杯をあげたそうで……。
「彼女達に異存がなければご随意に」
果音とシュトレーセは国王の臣下としては騎士だが、同時にヤマダ子爵家の被官でもある。騎士として身分を保障されていると同時に、俺の身分の傘の下にもいる。身分関係が複雑だが要は俺への許可なく勝手なことはできないということだ。
「魔法を使えぬ宮廷魔術師とはな」
白い髭のじいさんは魔法学院長のナルサス尊師。ガラリットさんが会うことを勧めてくれた方だが、正直に言うと期待外れだった。まず、ガラリットなど知らんとなったし、俺達を日本に返す方法も分からないとのことだった。
何より、自分の知っているものとは別の体系の魔法が存在することに動揺を隠せず、俺に対する対抗意識をむき出しにしている。俺を宮廷魔術師とすることに最後までブツクサと文句を言っていた。
「宮廷魔術師は魔法を使うことよりも、その知恵を生かすことの方が大事ということに同意いただいたはず」
ナルフェン公爵に諭されて、最後はうむむ、と黙ってしまっていた。当初は俺を領地持ちの伯爵に叙任して宮中の嫉視を集めさせる策も弄していたが、実権の無い子爵で手打ちをしたので、その作戦も失敗している。
「ヤマダ……」
そして、最後はティルミット。実は俺にはあまりわだかまりはない。全ての知識から計算した結果、俺を危険と判断しただけで他意は無いことは分かっている。それに神代の蒼石は、城の宝物庫に収められて取りあえず安全になった。
「まあ、色々あったけど、新しい任務もあることだし、よろしく頼むよ」
「お主はそれでいいのか?」
「だって、そこに文句を言ってもどうしようもないんだろ。折角、曲がりなりにも皆の我慢できる答えになったのに異議を唱えたら俺が悪者じゃん」
へっへっへ。サラリーマン経験を舐めるなよ。社内のパワーバランスを保つための妥協案なんて嫌というほど見て来たからな。特に後ろ盾のない俺がどれほど冷や飯食ったか。その点、今はナルフェン公爵という後ろ盾がある分、天国みたいなもんだ。
とはいえ、一度は殺そうと考えた奴と殺されそうになった俺を一緒に使節団として、送り込むミッションはどうかと思うけどな。俺達とティルミットは王国と接する水棲人の領地に派遣されることが決まっていた。
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