第59話 きゅうきゅう混んでる、求婚で

「あなた。一体どうしたというのです?」

 イーワル男爵は苦笑交じりに言った。

「男子を持つ各家がぜひとも妻に迎えたいと陳情に来ているんだよ。ヤマザキ殿とシュトレーセ殿をな」


「は?」

「へ?」

「どういうこと?」

 三人そろってハテナマークを浮かべる俺達。


「ああ。そういうことですか。それは、まあ、当然といえるかもしれませんわね。この地はモード神を信ずる方が多いですから」

「それとどういう関係が?」

「力が強いことは非常に尊敬されます。カハッド様を倒したともなれば、それはもう大騒ぎですよ。しかも女性がということになればね」


「そういえば、聞こうと思って、今まで聞けてなかったんだ。あのマッチョ大神官をどうしたんだ?」

 果音は面倒くさそうに答える。

「ティルミットがこっそり出かけようとするから後をついて行ったんだ。そしたら、あのおっさんが現れてさ」


 果音は拳を構えるポーズをする。

「この先に行きたければ私を倒してからにしてもらおう、とか言って立ちはだかるかるんだ。こっちはティルミットを見失うんじゃないかってヒヤヒヤしたぜ」

「そうなのよ。一人で相手できる感じじゃなかったから、二人で全力でぶつかったわ」


「いやホントにあのおっさん強かったぜ。アタシも1対1じゃ倒せる自信はないな。負けはしないと思うけど」

「しかも、ご丁寧に早くしないとヤマダの命が危ないってことまで教えてくれたしね」


「二人がかりでとりあえずカハッドを倒して、ティルミットを追っかけて、ちょうど城門を抜けようというところだったからとっ捕まえて縛りあげてさ。王城に押しかけたら、堀はあるし、城門も閉まってたんだ。で、山田を開放しろって叫んでたら、兵士がどんどん集まってきてね」


 俺の見張りが居なくなったのは、この二人が騒いでたからなのか。

「誰かが、そこの二人はカハッド様を倒したぞ、って怒鳴って、遠巻きにするだけになったんだ。誰もやって来ないからどうしようも無くて困っていたら、その人がやって来てさ。あとは山田も知ってるとおりさ」


 無茶しやがって。俺が呆れた顔をしていると果音が唇を尖らす。

「だって、しょうがないだろ。こっちは脳筋なんだからさ。頭脳担当が居ないんだ。実力行使しかないだろ」

「自分で脳筋言うなよ」


 俺はイーワル男爵に質問する。

「あのカハッド大神官はそんなに凄い方なんですか?」

「はい。歴代の大神官の中でも最強と言われています。ですから大騒ぎなんですよ。そうだ。直接見て頂いた方がいいでしょう。3階のバルコニーへ行きましょう」


 バルコニーに出て見ると圧巻だった。屋敷の前には大勢の人が詰めかけ、プラカードや横断幕を広げている。どれも自分の家のアピールをしていた。戦乙女様、ぜひ我が○○家に、とかいった具合だ。バルコニーに出てきたのが果音とシュトレーセだということが分かったのか、群衆から歓呼の声が上がる。


「おお。お出でになられたぞ」

「ヤマザキ、ヤマザキっ」

「シュトレーセ」


 いやはや、すげー人気だな。

「せっかくだから、手でも振ってやったらどうだ?」

「おい。山田。お前、密かにアタシのこと笑ってるだろ」

 果音の声が低くなる。


「いーえ。そんなことは滅相も無い。単純にファンサービスをしたらどうかなというだけです。はい」

「バカらしいなあ」

「いいじゃないか。人気があるんだから」

「そうか? 煩わしいだけだと思うけど。近所迷惑だしさ」


 果音はバルコニーを乗り越えるとダンっと地面に飛び降りる。庭を走って抜けるとぴょんと門柱の上に飛び乗った。

「朝っぱらからうるさくて迷惑だ。アタシはね、こういう騒ぎは好きじゃないんだ。とっとと解散しな」


 腰に手を当てて果音が宣言する。

「アタシに話を聞いて欲しけりゃ、まずは書面でもらおうか。手紙でも書いて出なおしておいで。こんな騒ぎはなしだ。そして、これから10数えて残ってる奴は、アタシへの挑戦者とみなすよ。いーち、にー」


 果音がカウントを始めると門前で騒いでいた連中は脱兎のごとく去って行った。辺りは静けさを取り戻す。果音はせいせいした表情で戻ってくると、俺達を見上げて手を振った。


 俺達が1階に降りると子供たちが果音にまとわりついている。

「山崎は子供ならいいんだな?」

「別に良くはないけど、子供だからな。いい大人なら他人の迷惑を考えろってだけさ」


 果音はヘクターの質問に丁寧に答えている。

「いいかい、一番大切なのはスピードだ。どんな必殺の攻撃でも当たらなければ意味がない」

「なるほど。先生のお教え、忘れないようにします」

「勝手に師匠呼ばわりすんな」


 微笑ましい光景に俺の頬が緩む。それを見とがめた果音が凶悪な視線を送ってきた。

「アタシに何か言いたいことでもあるっての?」

「いや、意外とそういう光景が似合うんだな、って思っただけ」

「は?」


「山崎は学校の先生とか合ってるんじゃないか」

「はあ? 山田。お前何寝ぼけたこと言ってんだよ。そーかい、アタシを揶揄おうってんだな。いい度胸してるじゃないか。久しぶりに山田にも稽古をつけてやるよ」

「いや、そうじゃないって。本当に……。うわああ」


 しばらくしてから意識を取り戻した俺が目にしたのは山のような手紙の束だった。

 

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