第54話 しつこい招待。その正体は?

「はあっ? 山田以外にも頭に何か湧いてる奴がいるとはね。しかも山田以上だぜ」

「そんな話もあったけど、今それどころじゃ無いと思うのだけど?」

 何か湧いている俺としても一言いっておきたい。

「えーと、俺達これから忙しいので」


 月光を浴びながら佇むイーワル男爵は気を悪くした様子もない。貴族にしては心が広い方のようだ。それか、マジもんで頭の中に花が咲いているかだ。

「ええ。ですから、ご招待したいと思います」

「さっぱり意味が分かりませんが?」

「さすがのお三方でもこれからこの町の3重城壁を突破するのは大変でしょう?」


「それとこれとどのような関係が?」

「そちらは解放することにしたんですよね?」

 男爵はティルミットを指さして聞く。

「約束を守るのは立派だと思いますが、人質も無しにこの町の守りを突破できるとは思っていらっしゃらないでしょう? それともその自信がおありですか?」


 二人だけなら突破しちまう可能性は否定できないが……。いや、確実に突破しそうだ。

「学院の魔法士隊が出てきては面倒ではないですか。接近戦では無類の強さでしょうが、遠距離から魔法攻撃を受けては不利は否めないでしょうね。ヤマダ殿もお疲れのようですし。私の家に来ておけば、いざという時は私を人質にできるじゃありませんか? 一介の男爵ですがそれなりの価値はあると思いますよ」


 増々言ってる意味が分からねえ。

「そりゃ、そうかもしれないけど、自分から人質になる提案をする?」

「私の提案があなた方にとってもメリットがあることを説明しただけですが」

「いや、なぜ、そこまでするかが分からないんだよ。俺と大神官の人質交換までは分かる。でも、そこまで俺達を気遣う理由はないだろう?」


「私にも事情がありまして。できれば私も家で大人しくしていたのですがそうもいかないのですよ。そうそう、拙宅に来ていただければ、その辺の事情もお分かりいただけると思います」

 落ち着き払って言ってのけるイーワル男爵。ちょっとした狂気に似た凄みを感じるぜ。

 

「お前たちは、人質を保護して、モード神殿……、いや、王城にお連れしろ」

 俺達の返事を待たずに、若い男爵様は部下に指示をだす。男たちが近づいて来るのを見て身構える果音だったが、思い直したのか、そろそろとティルミットから離れていく。それに合わせてシュトレーセも移動を開始した。当然、俺も引きずられるように移動する。


「ちょっと待て。モード神殿じゃなくて、なんで王城なんだ?」

 俺の質問に対して、イーワル男爵は笑みを漏らす。果音とシュトレーセに視線を向けるとさりげなく逸らした。おい、何かとんでもないことやらかしたんじゃないだろうな?


 俺達が十分に離れると、男たちはティルミットを回収して城門へと向かう。俺だって軽々と運べた連中だ。ちっこい女の子なら余裕だろう。

「さてと、これで良し。トルソー神の大神官様は感情を損ねるかもしれませんが、それは我慢して頂きましょう。では行きましょうか?」


 俺は覚悟を決める。

「ここまで言うんだ。ついて行ってみようぜ。確かにこれ以上状況が悪くなることは無さそうだ」

「山田がそう言うなら、仰せのままに。毒食わば皿までって言うしな」

「大丈夫。変な動きをしたら、すぐにとっ捕まえればいいのね」


 俺は左右に二人を伴って歩き出す。城門から俺達のことを凝視している連中のことは努めて忘れるようにした。弓で狙撃してきたりしませんように。

「それほど遠くはありませんから」

 ありがたい。今日は色々あったせいで体力的に限界が近い。門を閉じて鳴りを潜める邸宅街を歩いて行くと1軒の屋敷の前にたどりついた。その1軒だけ門が半分開いている。


「山田は任せた」

 そう言って果音がイーワル男爵の脇に行く。男爵は肩をすくめると中に入っていった。俺達もそれに続く。屋敷の前庭にはいくつも篝火がたかれてかなり明るい。ゆったりとした服を着た中年の男性が出迎えた。


「ご主人様。お帰りなさいませ。どうやら、首尾よくいったようですな」

「ああ。ジェームスか。運が良かったよ。お陰でやっと家に帰れる」

「そうですね。奥様がお待ちです」

 屋敷の戸口の所には小柄な姿が見えた。へえ、若いのにもう奥さんがいるのか。まあ、貴族だからお家の事情とかあるんだろうな。


 イーワル男爵は俺達を家の中に誘う。

「立ち話というわけにはいかないでしょうから、中へどうぞ。もう、そんなに身構えなくても……、と言っても信用はできないでしょうね」

 用心しながら屋敷の方に進んで行くと女性が頭を下げた。


「紹介します。妻のアリエッタです。とは言っても、もうヤマダ様とヤマザキ様は先刻お会いになっていますよね」

 え? 貴族の奥様なんかの知り合いは居ないはずなんだけど。素早く視線を交差させた果音も不思議そうな顔をしていた。面を上げた女性がにこやかな笑みを浮かべる。


「その節はお世話になりました。さあ、どうぞ、中でお寛ぎください」

 ああっ。その顔は!

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