第53話 ダッシュで脱出

 俺を後ろから追いかけていた連中の抗議を無視して、イーワル男爵指揮下の一隊は、俺を引き立てるようにして部屋の外に連れ出していく。俺を両脇から抱えるようにして運ぶ兵士たちは真剣な表情だった。

「さあ、早くしろ。急ぐんだ」


 俺の足は地面についていない。左右の屈強な兵士に持ち上げられた俺は、あの目玉の大きな灰色の宇宙人状態。

「急げ、早く。早く」

 イーワル男爵が急き立てる。


「ええと。ど、どこに連れて行こうってんです?」

 ガクガク揺らされながら、やっとそれだけを口に出せた。殺るだけならあの場でもできたと思うんだけど、床を汚しちゃいけないとか? 気が付けば屋外に出ていた。


 説明する暇も惜しいとばかりにイーワル男爵は俺の声を無視して走っている。先頭を走っていた兵士たちが大きな声で叫ぶ。

「開門。開門っ!」

 俺の前方で鎖がこすれ合う音をさせながら、跳ね橋が下がっていき、30度ほどの角度を残して止まる。


 俺を抱えていた兵士が交代し、別の4人が俺の腕と脚を持つと一気に加速する。跳ね橋の坂を駆けあがると勢いをつけて飛んだ。数メートルの距離を飛び着地する。衝撃を吸収するために男たちの膝が曲がったせいか、地面がみるみる近づき、ビタンと鼻がぶつかる直前で止まった。すぐ横にイーワル男爵が着地する。


 訳が分からない俺を兵士たちは抱え起こした。後ろでは、ギリギリと城門の跳ね橋を巻き上げている音がする。50メートル先では何かが転がり、その両脇には俺の良く知っている二人のシルエットが立っていた。俺を支えていた手が離される。

「どうぞ。あなたの仲間が待っています。早く行って人質を解放するように言ってください」


 俺は走り出す。後ろから月明かりを浴びていたので表情は良く分からなかったが、すぐ側までいくと見て取れるようになる。満面の笑みを浮かべるシュトレーセ。そして、怒ったような表情を浮かべている果音。うわ、たぶんめちゃくちゃ怒ってんだろうな。


「すまん。山崎……」

 果音の手前で立ち止まり、俺はおずおずと詫びの言葉を口にする。果音は何も言わない。杖を片手に持って俺を睨んでいる。その手から杖が離され、ゆっくりと杖が倒れる。果音の両手がさっと伸びて俺のローブの胸元をつかみグイと引き寄せた。


 杖が石畳に当たってカランという音をたてる。足が前に出ず、胸倉をつかまれて引きずり倒されたような格好の俺に果音が言った。

「良かった……」

 見上げる果音の双眸は光を湛えているように見える。


 数瞬の時が流れて、果音は俺を押し戻した。

「勝手にフラフラするんじゃない」

「すまん」

「だが、ダジャレだけが能のドンくさい山田にしちゃ、今まで生きていただけで上出来だ」


「ああ。そうだな」

 そう。一つ間違えば、俺の命は下水の泥と消えていただろう。急に現実が戻ってきて、俺は膝が震えだす。そんな俺をシュトレーセの腕がつかみ、シュトレーセと盾の間に引きずり込む。俺は盾の影にすっぱりとはまった。


「良かったな。命拾いしたぜ」

 果音が杖を拾い上げて、地面に横たわっているものをつついた。荒縄でぐるぐる巻きにされた何かは身じろぎする。

「と言うにはまだ早いか。山田。この恩知らずをどうする?」


 床に転がっているのは、トルソー神殿の大神官ティルミットだった。あの青みがかった毛の色には見覚えがある。

「一応、人質は無事に解放して欲しいと言われてるんだけどな」

 俺は背後の5人組を振り返りながら言った。


「間違ってたら言ってくれ。俺を無事に解放する代わりに、ティルミットも開放する約束だったんだろ?」

「そうだけど、アタシは山田がそうしたいっていうなら、その女にツケを払わせる」

「ダメだよ。助けてもらった俺が言えた義理じゃないけど、約束は約束だろ」


「だけど、山田は悔しくないのか?」

「うーん。なんて言ったらいいんだろう。俺は生きてるじゃん。それで十分というか……」

「なんだよ。頭のネジどっかで落としてきたのか? お人よしにもほどがあるよっ」


 俺は盾とシュトレーセの間で可能な限り、果音の方を向いて言う。

「それに、俺は山崎が約束を守る方が嬉しいな。俺ももうダメかと思ったんだけど、その時、山崎との約束を思い出して、できる限りのことをやったんだ。約束を破らせたらいけないと思ってさ」


「なんだよ、それ。意味分かんない」

「そうだよな。俺も良く分からん」

 果音はふうっと息を吐きだす。

「山田がそういうなら、アタシもムキになるのが馬鹿らしくなってきた。もう、いいや」


「山崎、ありがとう」

 今まで黙ってやり取りを聞いていたシュトレーセが、俺の頭をクシャクシャにする。

「それで、このヤマダを連れてどうやって、この町から抜け出すの?」


 果音が杖を構え、シュトレーセの体が緊張した。思ったよりも近くからイーワル男爵の声が聞こえる。

「お話も済んだようですし、打ち合わせどおり、我が家に足をお運び頂けます?」

 はあっ? やっぱり只者じゃねーな。この状況分かって言ってるのか?

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