第55話 幽閉、誰が? YOU、へえ
「えーっと、どなたでしたっけ?」
自慢じゃないが俺は人の顔を覚えるのが苦手だ。割と美人さんなんだけどなあ。言われてみればどこかで会ったような気もするけど。
「あのときはもうちょっと勇ましい格好をしてましたから」
イーワル男爵の奥さんらしい人は、長い物を構える格好をした。果音が声を上げる。
「あー。思い出した。山賊に襲われてた女性だよ。ほら、アタシが初めて山田に会ったときさ」
果音と出会ったとき?
「ジョゼさんに会ったときか?」
「そうそう、この人がジョゼさんと一緒にいたじゃん。男の子と女の子がいて」
ああ、なんとなく思い出してきた。
「あの時は父ともどもお世話になりました」
ええ、な、なんだって~? てっきり夫婦とばかり思っていたけど。
「危うい所を助けて頂きありがとうございました。あの時はろくにお礼も申し上げられず失礼いたしました」
「いえいえ、あの時頂いた物で何度か命拾いしてます。なあ、山崎?」
「そうだね。このグローブ大したもんだよ」
「あら? 今も使って頂いているんですね。良かった」
アリエッタさんは嬉しそうだ。
「私としたことが、こんなところで立ち話を。失礼しました。さあ、遠慮せず中にお入りになって。自分の家だと思って寛いでくださいな」
勧められるままに俺達は居間に通される。すぐに食事の用意がされた。
「こんな時間ですので、軽いものですけど」
見れば、チーズやパン、スープに果物などが並んでいる。ぐうと腹が鳴った。そういえば牢で何も食べてないや。
「さあ、ご遠慮なく」
そして、アリエッタさんは今頃気づいたようにシュトレーセに視線を向ける。
「こちらは、あの後に知り合ったシュトレーセです」
「初めまして。アリエッタと申します」
「夜遅くに申し訳ありませんわ」
「いえ。そんなことおっしゃらないで。どうせ、うちのが皆さまを探すのに時間がかかっただけでしょうから」
俺は口に入れようとしていたパンを持つ手を止める。
「いや、バデッド殿はいいタイミングで来てくれましたよ。もう少し遅かったらどうなっていたか」
「神殿で何かありましたの?」
「いいえ、私は王城に居たのですが」
「モード神殿にお泊りだと伺いましたが?」
あれ? 事情を全部分かってないのかな?
「ええ。ちょっと王城で色々ありまして」
アリエッタさんはびっくりした表情をする。
「あなた。一体どういうことですの?」
「ヤマダ殿は城に幽閉されていたんだ」
「誰が? ヤマダ様が捕まるなんて、そんなのおかしいですわ」
「そうは言っても、賢人会議で決まったんだよ」
イーワル男爵はなげやりな口調で言う。
「ちょっと、あなた。しっかりなさってください。なんの為にお城勤めをしているのですか。間違いにははっきりと間違いと言わなくては」
「ああ、そうなんだが……」
「私たちの恩人と言うことは言いましたの?」
段々雲行きが怪しくなってきた。これは犬も食わぬという奴なのでは……。
「賢人会議で私が発言できるわけないだろう」
「許せないですわ。いくら賢人会議といえどもこのような横暴。そもそも、父が不在のときにこのような重要な話をすること自体、何かの陰謀としか考えられません」
イーワル男爵は黙って俺の方を見た。目が語っている。へるぷみー。
「まあ、でも、いいタイミングでバデッド殿にお会いでき、こうしたご招待をしていただき、感謝にたえません」
「あら、そうでしたか。夫が役に立てたなら良かった。夫はいい人なのですが、ちょっと頼りない所がありますでしょう?」
「そんなことはないですよ。兵の指揮ぶりも見事なものでした」
「ヤマダ様。気を遣って頂いて申し訳ありません。夫をそのように弁護していただかなくても結構ですわ」
「弁護だなんて、事実をそのまま申し上げているだけですよ」
黙ってやり取りを聞いていた果音が笑いをかみ殺した表情で言う。
「ああ。今日の朝だっけか、アタシが言った話はもう忘れてくれ」
「ご納得いただけましたか?」
イーワル男爵がほっとした声を出す。
「あなた、何の話ですの?」
「それよりも、アリエッタ。お客様のお部屋の準備は出来ているのかい?」
「もちろんよ。ああ、こんな時間ですものね。再会できた嬉しさのあまり失礼いたしました。明日は妹や弟も参りますし、父も遠出しておりますが、そろそろ戻るころです。今夜はゆっくりお休みくださいませ」
「それでは御厄介になります」
「ぜひ、そうしてくださいな。お食事はもうよろしいの?」
「はい。十分、頂きました」
「お口に合ったのならいいのですけれど。ジェームス、お客様をご案内して」
俺達は家令のジェームスさんの案内で客間に通される。
「失礼ですが、お部屋は一部屋でご用意させて頂きました」
俺はちらりと女性二人に目を走らせる。二人は小さく頷いた。
「もちろん、衝立などご用意してそれぞれが寛げるように配慮してあります」
「ああ。有難う」
「いえ、何かありましたら、遠慮なく、ベルを鳴らして頂けば参上します」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます