第47話 王都で嘔吐

「いやあ、すまん。すまん」

 眉が太く筋骨逞しい男は剃り上げた頭を撫でながら豪快に笑った。この男はカハッド大神官。一応このモード神殿で一番偉い人のはずだが、そうは見えない。まあ、ティルミット様も偉そうに見えないという点では同じなのだがベクトルが違う。


 例えて言うならスポーツジムのポスターで筋肉をムッキムキにしてポージングしてそうなおじさんだ。やたらいい色に日焼けしており、笑顔を作ると見せる歯だけが白い。

「ティルミット殿。やはり貴殿が言われるだけのことはあって、お連れの者は強かったですな」

 そう言ってまたひとしきり笑う。


 先ほど神殿に入ってすぐに襲われたのは、このおっさんの差し金だった。腕の立つ護衛を連れてそっちに行くからよろしくと言われて、自分の所の修行者をけしかけて腕前を見たという次第。ちなみに果音とシュトレーセが10人ずつしっかりと倒しました。最初の方に出てきた人なんか鳩尾に拳が決まって吐いてたし。


「長旅をしてきた相手にああいう歓迎はどうかと思うがの」

「戦士たるもの常在戦場」

 あれ、おっかしいな。ここは神殿だと聞いていたつもりだったのだけど。まあ、お陰で翼竜戦で出番の無かった果音が大暴れして満足そうだからいいけどな。


「お主らの主義に付き合っている余裕はないのじゃがな」

「まあ、我らの神殿であればどのような輩が来ようとも返り討ちにしてくれる。安心して滞在なされよ」

「そうさせてもらおう」


「トルソー神殿でももう少し体を鍛えれれては如何かな。さすれば賊の侵入を受けても撃退できたであろう」

「それを言うなら、神に仕える身、もう少し治癒の技を磨かれてはどうじゃ。こちらで手に負えず我らの高位神官を派遣したせいで手薄になったのじゃからの」

「確かにそうであった」


 モード神とトルソー神の大神官同士が笑顔で火花を散らしている。それを見て俺は胃がキリキリと痛くなった。同じ側の人間なのだろうが、信奉するものが対局過ぎる。あまり深刻な感じじゃないからお約束の言い合いのようにも見えるけど果たしてどうなのか。俺の心配をよそに、他の二人は出された飲み物を寛いで飲んでいた。


 カハッド大神官はニカっと笑うとその果音とシュトレーセに話かける。

「今日のところはお疲れであろうが、いずれ日を改めて私とも手合わせ願えるかな?」

「今はそれどころではないと言うておろう。世界の危機なのじゃぞ」


「別にアタシはいいけど」

「私も構わないわ」

 二人の返事を聞いてカハッド大神官はガハハと嬉しそうだ。

「そうだ。ヤマダ殿。貴殿はいかほどの腕前なのかな?」

「私は全然ダメです。魔法なら少々……」

 途端に興味の無さそうな顔になるカハッド様。これでいいのか大神官。


 あてがわれた部屋に案内されたときも、念のため果音が中の様子を探った。不意打ちされるかもしれないとの懸念からだ。このモード神殿では、不意打ちされるのは隙のある証拠とされてしまう。やたらと疲れる場所だった。


「ご本人を前にしては聞けなかったのですが、あれって本当にこの神殿で一番偉い方なんですか?」

「なんでじゃ?」

「いや、なんというか、もうちょっと頭を使うのが得意だったりしないのかなあ、と思いまして」


「カハッドは頭を使うのは得意じゃぞ」

 いやいや、それは無いだろう。どうみても脳まで筋肉タイプだよな。誰かと一緒とは言わないけど。俺が黙っているとティルミット様はニヤっと笑う。

「あやつの頭突きは凄いぞ」

 頭を使うってそっちかよ。


「まあ、言わんとすることは分かるが、あの男、それでもこのジャレーではなかなかの地位でな。王を支える賢人会議のメンバーじゃ。王を動かすために味方につけておきたい」

「そうなのですか。分かりました」

「別に構えんでもいいぞ。普段通りにしておればいい」


 部屋の検分をしていた果音が声をあげる。

「それじゃ、アタシは風呂に入ってこようかな。みんなはどうする?」

「私も一緒に行こうかな」

「うん。ティルミット様は?」

「我は遠慮しておこう。そなたたちと違って体を動かしているわけではないからな」


 二人が出て行ってしまうとティルミット様が俺に聞く。

「そなたも行かなくていいのか?」

「疲れたのでもう少し休んでからにします」

「ふむ。そなたが1人居てもそれほど状況が変わるとは思えぬがの」


「念の為ですよ。時間稼ぎぐらいはできます。それに、ティルミット様だって本当は湯浴みしたいんじゃありません? でも、あの石を人目に晒すわけにいかないから我慢しているんでしょ」

「まあ、もう少しの辛抱じゃからな。しかし、そなたは油断ならんな」

 だから、そういう目で見るのやめて欲しいんだけど。

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