第45話 翼竜を抑留する

 まったくもう。言霊ってことがあるんだから余計な事言うんじゃないよ。果音が東の空を見て警告の声を上げる。大きな翼をもった何かが3体ほど急速にこちらに向かってきていた。

「翼竜か。火の玉を吐くぞ。ドラゴンほどじゃないが面倒じゃな」


 お前は全部分かって言っているんじゃないか、という疑問の声を飲み込んで俺達は急ぎ尾根筋から城側に降りる。尾根筋は狭くて足場が悪いし、全方位から攻撃を受けてしまう。少し下ったところに平らで、身を隠せそうな岩が立つ場所に移動した。俺はシュトレーセの背から降りる。


 程なく、プテラノドンに似た翼竜が俺達の上空を旋回し始めた。ティルミット様の言っていた通り、口を開くと野球のボールほどの大きさの火の玉を吐き出す。岩の影に縮こまった俺とティルミット様を庇うように人の姿になったシュトレーセが金属盾を構えて仁王立ちする。


 果音は斜面を駆けまわりながら、翼竜をけん制していた。杖を振り回し、攻撃を誘う。翼竜たちは距離を置いているので、火の玉を避けるのも難しくはなさそうだが、果音の攻撃も届かない。シュトレーセは盾で攻撃を防ぐので手一杯だ。となると俺の出番ですよね。


 翼竜たちは俺達に反撃手段が無いと思っているのか、あまり高速で動くことをせずに羽ばたきながら火の玉を吐き出している。これなら大丈夫そうだ。

「石が落ちる。ストーン、ストーン」

 シュトレーセの構える盾の端から目だけを出して1匹の翼竜を狙う。


 ガガっ。石は見事に翼竜の体を捕らえて皮膜に穴を開ける。その衝撃で翼竜は地面に叩きつけられた。すかさず果音が走り寄り、杖で頭部を滅多打ちにする。別の翼竜が火の玉を吐き出すと果音はパッとよけ、地面に落ちていた翼竜に命中する。

「バーカ」

 果音はせせら笑って、また挑発活動を再開する。


 翼竜は意外と賢かった。仲間が倒されたのを見るや1カ所に留まることをやめ、高速で飛行しながら時折火の玉を吐きつけてくる作戦に変えた。しかも尾根の向こう側に消えるので俺の呪文では捕らえることができなくなってしまった。向こうの攻撃も数が減ったのでこちらに損害は出ないが手詰まりになってしまう。


「あいつらって、どのくらい火を吐けるんです?」

「ほぼ無尽蔵じゃな」

 つーことはこちらが不利か。こちらからは手が出せないのに向こうは一方的に攻撃ができるのだから。果音もいつまでも走り続けることはできないだろう。高地で空気も薄いしな。


 これはまた別の方法を考えないといけないか。翼竜は翼を広げた幅が4メートルほどある。デカさから言ったらかなりのものだ。直接破壊なり傷つけるのは難しそうだ。ティルミット様は俺の危険性を言い立てていたが、俺は自分の力の限界がなんとなく分かる。あの犬のようなことをしたら1匹で昏倒確実だ。


 それに、翼竜か、難しいんだよな。竜? つばさ? ピンと来ねえな。翼竜を抑留せよ。これなら行けるか? 体調がイマイチだが何とかなりそうだ。言葉の定義から言って一時的にしか効果を発揮しそうにないのが難点だけど。

「次に飛んでくる奴の動きを止める。頼むぜ」


 一匹が旋回して去って行き、もう一匹が尾根を越えて俺達の方に向かってくる。そいつが口を開いた時に俺は叫んだ。

「翼竜を抑留する」

 その翼竜はバランスを崩して地面に激突する。同時に俺の頭を頭痛が襲った。ちっ。想像以上に負担が大きい。


 もがいて飛び上がろうとする翼竜に果音が杖を繰り出す。片目を傷つけるとすばやく反対側に回って同様に杖を突き立てる。更に杖を回転させながら頭部に連続攻撃を繰り出した。そこまで見届けると俺は精神集中を解く。右の鼻からつーっと血が垂れてきた。それを見たティルミット様が慌てて呪文を唱えて止血する。


 昨日からの一連の出血で俺はフラフラだった。じんわりとした痛みも続いている。もう一匹を相手するのは無理だ。たぶん、この感じだと意識を失うだけでは済まなそうな感じがする。止めをさした果音はもう一匹を挑発している。翼竜は火を吐くが果音には当たらない。


 相手が1匹になったので果音の負担も軽くなった。だが、千日手になってしまったのも事実。俺はもうこれ以上何もできない。果音の攻撃は届かない。

「どうやら、そなたも限界か。あいつはちょっと始末するのは厳しそうじゃの」

 ティルミット様が言うと同時に俺達の視界が急に開けた。地面にどさりと戦斧と盾が落ちる。シュトレーセの姿が消えていた。


 猫の姿になったシュトレーセが咆哮をあげて大きく跳躍すると果音に気を取られていた最後の翼竜の片方の翼を鋭い爪で引き裂く。そのまま地面に一緒に落ちるとどたんばたんとやっていたが、シュトレーセの顎が翼竜の首を捕えると一気に噛みちぎる。口の周りを血に染めながら、シュトレーセが勝どきの雄叫びをあげた。あ、雌叫びか。ぼんやりと俺は頭の片隅で思った。

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