第44話 猫の背は駱駝より楽だ

 しなやかな筋肉の動き、風になびく毛並みの美しさ。俺は今シュトレーセの上に乗って移動していた。ハンターバグにたっぷりと血を抜かれた俺が森を抜けて見たのはそびえ立つ2つの山。そびえ立つとはいっても富士山ぐらいか。ちょっと急峻なだけで、いつも通りの体であれば自力で登れた……と思う。たぶん。


 見上げただけでクラクラした俺を気遣って、シュトレーセが俺を抱いて運ぶと言い出した。しかもお姫様だっこ。断固拒否した。そんなことしてもらおうものなら一生言われる。


「無理をしない方がいいと思うわ」

「山田。貧血だと高山病はきっついぞお」

「すまぬが血が足りぬのは我でもどうしようもない」

 口々につまらぬ意地を張るなと説得されたが意思を貫いた。で、1時間もしないうちにバテる。


 それでも、ヤダヤダ言ってたら、シュトレーセが猫の姿になった。久々に帽子を取り出して被る。

「このすがたならいいでしょう?」

「あ、うん。すまない……」

「きにしないで。わたしはやまだがしんぱいなの」


 翻訳された言葉は相変わらずちょっとぎこちないが、以前とは異なっている。まず、シュトレーセの第一人称が「わがはい」ではなくなった。まあ、これはきっと俺の頭の中の知識の問題なのだろう。前は猫だと認識していたから、あの名前がまだ無い猫の話から言葉が使われていたのだと思う。今では俺はシュトレーセは素敵なご婦人として認識している。猫の姿であってもね。


 昨日途中でビバークして朝日が遠くの空から顔を覗かせると同時に登り始め、もうすぐ尾根に出れそうなところまで来ている。やっぱり血が足りてないせいか、多少頭痛はするが耐えられないというほどでもない。自分の足で登ってないので酸素もあまり消費していないのだろう。


 馬や駱駝に乗ったことがないので比較はできないのだが、シュトレーセの背に揺られているのは快適だった。かなりの急坂を危なげない足取りで進んでいる。もふもふだしな。振り返ってみると緑の森がずっと続いており、森が切れた先に川の煌めきが見えた。山の上の方には木がなく眺望を遮るものはない。


「そなたは楽そうでいいのう」

 ティルミット様が喘ぎながら言う。大神官様も山道はこたえるようだ。先に行っていた果音が大きな声で叫ぶ。

「おーい。登りはここで終わり。早くおいでよ。いい眺めだよ」


 山の尾根にたどり着いて見た反対側の景色は確かに観賞に耐えうるものだった。山を下りたところは大きな湖となっていて、満々と水をたたえている。山とは反対側の部分は滝になっているのだろうか、もうもうと水煙があがっていた。お日様の光を反射して虹ができている。


 湖の北岸には城壁を備えた大きな都市があった。城壁は高く厚みもあって頑丈そうだ。湖に面した部分には何艘か船がもやってある。城壁は同心円状に3層になっていて、一番真ん中には高い塔をそなえた城が建っていた。城を中心に放射状に道が伸び、環状の道と交差している。城ほどではないがいくつか大きな建物が見えた。


「城の北東にある大きな翼の建物が魔法学院で、城の西にあるのがモード神殿じゃな。それを除けば、基本的に円の中心に住んでいるものが身分が高い。ほれ、建物の大きさも中心の方が大きいじゃろう」

「モード神殿というのは?」


「力を統べるモード神を祀っておる。まあ、我が仕えるトルソー神とモード神は実は同じ存在なんじゃ。3つは1つであり、また1つは3つでもある。偉大なる神の存在をちっぽけな人が覚知しようとも全てを知れるはずもない」

「ということは、もう1つ神殿があるんですよね?」

「ああ。カジャト神殿はここから更に北に行った場所にある」


「ちなみに主神に当たるのはモード神ということでいいのですか?」

 ティルミット様は俺をじろりと見る。

「どれが主でどれが従という存在ではない」

「いやあ、王都に存在している神殿があるからそういうことかな、と」


「まあ、モード神が一番信者を集めているのは事実じゃな。民には目に見える力強さの方が惹かれやすいのじゃろう。知恵無き力など蛮勇にすぎぬのじゃが。さて、そろそろ下るとしようか。まだ目的地に無事に着いたわけでは無いのだから」


「油断するつもりもありませんが、王都はもう目と鼻の先。それほど警戒しなくても途中邪魔が入りそうな場所は見当たらなくないですか?」

「まあ、地べたはな。しかし、空から襲われる可能性もあるしの」

「空から?」


「翼竜や魔法合成獣などじゃ。トルソー神殿からジャレーをまっすぐ目指すなら必ず通るこの場所。我なら待ち伏せするにいい場所と考えるがのう。翼がある魔物なら急ぎ派遣しても間に合うし、それに空飛ぶ相手には少々分が悪いと思わぬか?」

「蒼石でこの世界の全てが分かるなら危険を察知できないのですか?」

「無理を言うな。どれだけの情報があると思う。個々の現状を読み取るなどそう簡単にはできぬのじゃ」

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