第43話 虫が無視
木々の間隔が開けてきて明るくなってくる。
「この森を抜けて、山を越えると王都ジャレーじゃ」
どうやら、旅の目的地に近づいてきたらしい。深い森の奥の方では、ヤバイ怪物が出てきたが、この辺りでは弱っちいのしか出てこない。
ヤバイのも、シュトレーセと果音が二人がかりで立ち向かうとそれほど危なげなく倒していた。食えるわけでもなければ、経験値がもらえて強くなるわけではないので、怪物との遭遇は基本的に面倒なだけだ。しかも金目の物を持っているわけでもない。
そういう意味ではゴブリンだの、オークだのといった人型のモンスターは、光物や金を持っているだけ倒す価値がある。向こうから仕掛けてこない限りはこちらから攻撃することはしないが、こちらが女が多い非力な一団と誤認して挑んでくる代償は自分たちの命なのでご愁傷さまとしか言いようがない。
森の外れが近くなると共に遭遇する相手の強さは弱くなり、代わりに数が多くなった。まあ、食物連鎖のことを考えても理にかなっている。強い奴の数が多かったりしたら、その一帯はあっという間に狩りつくしてしまうだろう。
で、物見遊山気分で過ごして来ていたのだが、ここにきて、俺は全力で逃げ回っていた。前方から黒と黄色の縞模様の塊が飛んできたと思ったら、体長15センチほどの翅の生えた虫だった。
「気を付けるのじゃ。血を吸われるし、吸われた場所が腫れるぞ」
果音の杖が目にも止まらぬ速さで回転を始め、ぶーんという音をたてて虫を叩き潰し始める。シュトレーセも戦斧を振り回して虫を真っ二つにしていた。それほど飛ぶのが早いわけじゃなく次々と倒しているが数は何百といる。しかも空を飛んでいるので討ち漏らしたのが俺に向かってきた。
ティルミット様は薄くぼんやりと光を放っている。低級の怪物を寄せ付けない魔法。まさに虫が無視をする形だ。まずい。そんなことを考えている場合じゃない。俺の目の前に虫がやってきた。鋭い口吻を持っており見た目はでかい蚊だ。あれに刺されると確かに痛そうだ。俺は手にしてるワンドを振り下ろす。
ほとんど手ごたえを感じることなく、お化け蚊は体がバラバラになって地面に落ちる。ほっとしたのも束の間、何十匹もが向かってきた。無理だ。俺ではアレ全部を相手にできない。生きたまま全身から血を抜かれて死んでしまう。俺は一目散に逃げだした。
全力で走ると虫を引き離すことができる。だが、奴らはスピードはともかく持久力は抜群だった。息を切らしていると虫が向かってくる。息を整える暇もなく俺はまた走り出した。ヒイヒイ。このローブというやつは走りにくい。バサバサと風を受けて膨らみ体力を消耗する。
ブーンという羽音に振り返るとまさに虫が俺に口吻を刺そうとしているところだった。両手をあげて頭を庇う。腕にズキンという痛みが走った。いってー。痛みの無い方の手で虫を掴んで引きはがす。10数体の虫がすぐ近くに来ているのを見て俺はとっさにバッと地面に伏せると袋を頭に乗せる。
ブスブスブス。背中、脚、腕、尻に一斉に突き刺さる。
「ぎゃー」
俺は断末魔の悲鳴をあげる。痛い、死ぬほど痛い。刺された部分が熱を持つのを感じる。
たったったと軽やかな足音の次にブーンという鋭い風切り音がして虫が俺の体から払い除けられる。べちゃっという音がした。
「山田。大丈夫かっ? 傷は浅いぞ。しっかりしろ」
顔を上げるとセーラー服の後姿が見える。さしもの蚊の大群も目に見えて数が減っていた。
俺は立ち上がろうとしてクラっとする。刺された部分が熱く変な気分だった。眩暈もする。全身を冷たい汗が濡らしていた。俺の周囲には点々と血のあとが出来ている。どうやら果音に助けられる前にだいぶ血を吸われたらしい。そいつらが叩き潰された跡のようだ。
「これ、離さぬか。自分の足で歩けると言うておるに」
シュトレーセが抱えて連れてきたティルミット様が俺の側に立った。口の中で何かを唱え始めるとあちこちの痛みと熱がすぅーっと消えていく。くらくらする感じは消えなかったが随分と楽になった。
「そのまま座っておる方がよいじゃろう。失った血は回復せんのでな」
ティルミット様の言葉に俺は全身の力を抜いて地面に体を預けた。シュトレーセと果音が残りの虫を一掃し戻ってくる。心配そうに見下ろす二人の体にはどこにも刺された跡は無さそうだ。
「二人とも刺されなかったか?」
「ああ、アタシは大丈夫」
「私も無事よ」
「なら良かった。刺されると結構痛い」
「まさかハンターバグがあれほど居るとはの」
「森の外れなのにあんなのが出るなんて。近くに住む人は平気なのかな」
「そりゃあ、襲われれば大変なことになるじゃろう。まあ、滅多にそんなことはないが」
「どうしてなんです? 俺がずば抜けて弱いのかな?」
「いや。虫除け草があるからな。ハンターバグが嫌う臭いを出す草があるんじゃ。それを燻したものを携行すれば寄ってこんのじゃよ。まあ、大したことにならんで良かったのう」
何か口調が変だ。
「ティルミット様。何か隠してません?」
「別に何も隠しておらんぞ」
シュトレーセが運んでいた荷物をごそごそやっていた果音が革袋を取り出す。
「ねえ。虫除け草ってこれ? なんか懐かしい匂いがするなって思ってたんだ」
袋を開くと蚊取り線香の匂いがする。ティルミット様はさり気なく俺から離れて行くところだった。
「いや、我もまさかこんなところで遭遇するとは思わんでな。本当じゃぞ」
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