第42話 蛇肉はヘビー
翌朝、俺は浮かない顔で歩いている。そりゃそうだろう。ティルミット様にあんな言い方をされたのだから。しかも、あの大神官は腹黒いところがあるので、世界の平和のためにお前が死ねええ、ぐらいやりかねないと思っている。王都に着いたら地下牢に幽閉とかな。
「なんだ。山田。浮かない顔してるけど、どうした?」
「いや、この世界にとって迷惑な存在なんじゃないかと言われりゃ少しは凹むだろ」
「いいじゃん、別に。誰にも迷惑かけずに生きるなんて無理なんだからさ」
「そうだけど、相手は世界だぞ」
「だって、山田に責任はないんだし、しょーがない」
「そうはいってもなあ。俺が居なくなればいいなんて奴が出て来るかもと思うと……」
「なんだ。そんなことで悩んでるのか」
果音は自分の髪の毛を引っ張って根元を見ながら聞いてくる。
「そんなことよりもさ。アタシの髪の毛、やっぱりプリンになってるよね。やっぱダサイと思う?」
「そんなことって軽く言うな」
「いや、だからアタシが守ってやるって。それにシュトレーセもいるんだし、なあ?」
果音は先に行くシュトレーセに大きな声をかける。
「え? なあに?」
「山田が誰かに襲われそうになったりしたときの話。アタシは全力で守ってやるって言ってんだけど」
「もちろん、私もヤマダを守るわよ」
「な? だから安心しろって」
「なあ、山崎。前から気になってたんだが」
「やっぱり、プリンはおかしい?」
「いや、そうじゃなくてだな」
「山田。人の質問に先に答えな」
「ああ。すまん。いや。俺としちゃ、山崎の髪の毛は別におかしいとは思わないよ。俺は黒い方が似合ってると思うけど」
「この中途半端な状態ってみっともなくない?」
「だけど、そのラインで切ったら短すぎるだろ」
むう。と言った表情で上目遣いに自分の髪の毛を睨んでいる果音。
「まあ、いっか。それで、なんだっけ?」
「いや、俺が言うのもなんだが、なんで山崎は俺のことを守ってるんだ? もう通訳の必要はあまりないだろうし」
「だって、約束しただろ」
「じゃあ、なんで約束したんだ?」
「色々と面倒な奴だな。そんなに気にするところか?」
髪の毛の色のことであれだけ騒いだ人には言われたくない。
「始めて山田に会った時、困ってただろ。で、放って置けないと思った。年上に失礼だけどさ、山田って目を離したらすぐ死にそうじゃん。人を助けるのに理由はいらないだろ。アタシがそうしたいからそうするの」
やっぱり果音って男前すぎる。
俺が何と言っていいか迷っていると果音が立ち止まって俺の顔を見る。
「納得した?」
「納得することにする」
「そうしな。この果音にお任せあれ。そうだ」
果音が小指を俺の方に差し出す。
「ほれ」
「なんだ?」
「指きりだよ。指だしな」
おずおずと出した俺の手に指を絡めて果音は歌う。
「指きりげんまん、嘘ついたら針千本のーます。指切った。これで安心だろ?」
「おれのパンチじゃ1万発殴っても山崎は倒れそうもないけどな」
「それは無いだろ。あれ? シュトレーセ?!」
少し前を歩いていたシュトレーセが巨体にも関わらず、機敏な動きで木々の中に姿を消す。かと思ったら、すぐにぶっとい綱のようなものを体に巻き付けながら戻ってきた。木の幹のような色に黒い斑点模様の綱は動いていた。シュトレーセはその端を持って突き出す。
「ヤマダ。いいもの捕まえた」
見ると蛇だった。しかもデカいやつ。シュトレーセは満面の笑みを浮かべている。
「いいもの?」
「こいつは蛇の中でもとびきり美味しいのよ」
シュトレーセは俺達と一緒に食べる量では足りないらしく、たまに姿を消して食事をして帰ってくることがある。猫の姿になるのか、戻ってくると布地がずれているので、たいていは果音が慌てて大事な部分を隠してやっている。その果音が聞いた。
「へえ、すごいじゃん。でもいいの?」
「いいの。ヤマダに食べさせてあげようと思って」
その日の夕食。シュトレーセの言った通り、でかい蛇の肉は鶏肉に似て美味かった。4つ足の獣の肉も悪くはないけど、独特な臭みが残っていることやちょっと肉が固いことが多い。品種改良された畜産品のような味は望むべくも無かった。その中で、この蛇の肉は鶏肉と言われても分からないほどの味だった。
喜んで食べている俺の姿を見て、シュトレーセが頬を緩める。
「気に入ってもらえたようで良かった」
「ああ。ありがとう。シュトレーセ。とっても美味いよ」
「ヤマダ。少しは元気出たかしら?」
俺が落ち込んでいるから励まそうとしてくれたのか。
「ああ。うまいもの食ったら元気が出たよ。腹パンパン。はは。俺って単純だな」
「いや、誰だって腹いっぱい美味い物食べられるのは幸せだろ。山田のご相伴でアタシも満足、満足」
果音がニヤリと笑う。
「ということは、これから山田を凹ませるたびに、美味いものが食べられるのかな?」
「ダメ。ヤマダが可愛そうじゃない」
そう言って、シュトレーセが俺をぎゅっとする。あの、ちょっと当たってるんですが。すっかり憂鬱な気分を忘れる俺だった。
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