第41話 神の意思を留める石

 神殿を出てからは野宿ばかりだ。街道沿いに進むより森を突っ切った方が王都に早く着くらしい。

「街道沿いの方が安全ではあるが、このメンバーなら気にすることもあるまい。それに下手に町や村を通ると奴らに捕捉される危険性が高まるしな」


「あの連中はそんなに広く情報網を持っているのですか?」

「我らは目立つじゃろ」

「まあ、確かにそうですね」

「金で動く者は必ずおるからな」


「とりあえず、王都に着けば大丈夫なんですよね?」

「まあそうじゃの。あそこまで攻め込まれるようでは先は無いな」

「で、なんでしたっけ、カードラでしたっけ? あいつに神代の蒼石を奪われるとそんなに大変なんでしょうか?」


 果音が声を上げる。

「そろそろ準備いいよ」

「ちゃっかり着火!」

 ふう。今日も俺の重要な任務が完了だぜ。パチパチと火がはぜ始め大きくなる。その上に渡した塊肉の位置を調節した。


 果音とシュトレーセが捕まえた大きな角の生えた大柄な鹿のような動物の肉だ。携帯食ばかり食べてきたので久しぶりのご馳走である。果音が回転させながら焼く肉から脂が落ち、ぼっと火の手が大きくなる。


 先ほどまで会話をしていたティルミット様がしゃべらなくなったので見てみると、ローブの腰の辺りをもぞもぞやっている。身に着けている石の位置がずれちゃったのだろうか? パンツがずれても気持ち悪いもんな、ましてやあんな石の位置がずれたら比較にならないだろう。


 ずっと、もぞもぞやっているので、いつまでも見ていると悪いと思って視線をはずして果音の手伝いをする。くーるくる。直火なので焦がさないように常に回していなければならない。しばらく作業に熱中していて顔を上げるとティルミット様が厳しい顔をしていた。なんでだろう? さて、準備ができた。


 果音が切り分けた肉を口に運びながら、ティルミット様は先ほどの話の続きをする。

「カードラも幹部ではあるものの敵の首領ではないのだがな。まあそのことは置いておいて」

 なんか、サラリと大事な事を流したよ。


「あの石には、この世界のことが全て記録されていると説明したはずじゃ。それを見ることができれば色々と便利だと思わぬか?」

「便利は便利ですけど、それほど大事ですかね?」

「例えば、王の側近が何か秘密を持っていたとする。その秘密を暴露されたくなければ、と脅したらどうなる?」


「なるほど。毒を盛るなり、なんなり自由ってわけか」

「そういうことじゃ。それに、ただ読み取るだけでなく、変化させることができるとしたら?」

「そんなことができるんですか? それは大変ですね」


「お前が食べてるその肉はどうして焼けておる?」

「え? そりゃ、火を通したからですが」

「じゃあ、その火はどうやってつけた?」

「そりゃあ、俺の魔法で……」


「そうじゃ。お前の魔法は、この世界の物に直接干渉して変化させている。他の者が使う魔法とは根本的に違うのじゃ」

「え? そうなの?」

 俺は間抜けな声を出す。

「その辺のところを理解するには、この世界をどうできたのかを説明せねばならぬのう」


 ティルミット様の説明によれば、この世界ができたとき、ありとあらゆるものは形が定まらず、混沌とした状態だった。神は色々なものを作ったが、作ったそばから変化し、交じり合い、形を変えてしまう。そこで、神は自分の作ったものに名前を付けた。すると、それまで変化し続けたものが形を留めるようになったのだと言う。


「神は3日で世界を作りたもう。その後、3日をかけて名を与え、7日目に一つの石を作られた」

 ティルミット様が謡うように節をつけて語る。ちなみに、俺達はティルミット様のご指導で、この世界の共通語で意思疎通がかなりできるようになっていた。


「それがあの蒼い石なのか」

「そう。神の定めたものを記録し留める石じゃ。我は記録をことはできる。しかし、そなたは何故か、石に刻まれた記録を改ざんできる」

「えーと、それはどういうことでしょうか?」


「そなたが呪文を唱えると、石に刻まれた記録が変わるのじゃ。以前から不思議なことが起きるとは思っておった。あるときから急に何かの存在が消滅したり、新たに発生することがあったりな。先ほど火をつけたときに確信した。原因はそなたとな」


 ティルミット様の表情が険しくなる。

「この石があればすべてを知ることができ、そなたはそれを変えられる。つまり、世界を自由にできるということじゃ。自らの望むように作り替えることも、この世界を破壊してしまうことも、好きにできてしまう」


「いやあ。ティルミット様は人をからかうのが上手ですね。すっかり騙されるところでした」

 あはは、と俺は後頭部に手を置いて馬鹿笑いをして見せる。


「毎日、そうやって俺をおちょくって楽しいですか? 俺ができることって言ったら、石を落っことすとか、火をおこすとか、その程度ですよ。やだなあ、もう」

 ティルミット様は、そっと溜息をつく。

「いつもの冗談なら良かったと我も思うがの。残念ながら、戯言ではないのじゃ」


「ちょ、ちょっと、待ってくださいよ。俺にそれだけの力は無いですって。石だって、16個落としたら失神したし、力を使いすぎると鼻血が出てすごい頭痛もするんですよ」

「当然じゃ。何の代償もなく、世界を変えられてたまるか。だが、いずれそなたはより大きな力を使えるようになるじゃろう」


「なんか、急にマジな話になってついていけないんですが……。それに、もしそうだとしても神様が元に戻せばいい。うん、そうだ」

「残念ながら、神はもう居らぬ。もちろん、その残された力は世界を覆うておる。だからこそ、我がその力を行使できるのじゃが、もはや世界を修復する存在はおらぬ」


 ティルミット様は厳しい目で俺を見据えた。

「そなたはこの世界にとって災いとなるやもしれん存在なのじゃ」

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