第39話 裸体を見せたら、たいへんなんだよ

 俺は目を白黒させながら、なんとか謎の美女かつ痴女から逃れようとする。しかし、万力のような手は俺をまったく身動きさせない。永遠とも思われる時間が過ぎて、女はようやく顔を引く。派手な顔立ちの目元がほんのり朱色を帯びていた。細める両目は、左右の色が違う。紫と緑。


 ぼーっとした頭で考える。あれ? 俺はこの組み合わせの目を知っているぞ。透き通って言いてまるで宝石のような……。女のぷっくりとした官能的な唇が開き吐息が漏れた。長い八重歯がキラリと光る。

「ああ。ヤマダ」


 その声が俺の脳を覚醒させる。

「シュトレーセ?」

「そうよ。シュトレーセ。人の挨拶は変わっていると思っていたけど、これはこれで良いものね」


「山田、お前、何言ってんだ?」

 脇をチラリと見ると果音が呆然とした顔で俺達を見ている。その向こうのクリスさんをはじめとした面々も口をあんぐりと開けていた。中には顔を赤らめている女性の姿も見える。


「ああ。私のライバル。ヤマザキ」

 そう言うとシュトレーセを自称する大女は果音を見た。俺の上から飛びのくとパッと果音の腕をつかもうとする。


「ちょっと、どういうつもり?」

 果音は足を振って後転しソファからパッと立ち上がって身構える。大女は戸惑った表情を浮かべたが、嬉しそうな表情をする。

「また、一戦交えようというのか?」


「その構え……、我が友シュトレーセ?」

 果音の顔がパッと輝くのを見て、俺も慌てて立ち上がり、シュトレーセの腕をつかむ。これだけ機敏に動けたのは近年記憶にない。

「ちょい待ち。もう、これ以上怪我をして面倒を増やさないでくれ」


「その通りじゃ」

 部屋の扉のところから声が聞こえる。ティルミット様が立っていた。

「二人の治療もなかなかに大変なのじゃぞ。治療をするのはやぶさかではないが、わざわざ怪我をすることもあるまい」


 俺は着ていたローブを脱ぐ。一応、その下には腿まで覆う袖なしの貫頭衣を着ているから大丈夫。座りさえしなければモザイクはいらない……はずだ。なるべく顔しか見ないようにして、盛大にモザイクが必要なシュトレーセにばさりとローブを渡した。

「とりあえず、服を着ようぜ。どこに視線をやっていいものか困るんだ」


 シュトレーセはきょとんとした顔をしていたが、俺が重ねて、服を着るような仕草をすると大人しく、頭からローブを被る。あちこちがパツンパツンだが、とりあえず大事な場所は隠せた。俺の足首まで覆っていた服だが、シュトレーセが着ると膝上だ。


「ふふ。山田の匂いがする」

 もの珍しそうに服を引っ張り、においを嗅いでいるシュトレーセは置いておいて、俺はティルミット様に向き直る。

「それで、どうしてこのようになったのでしょうか?」

「サーベルキャットは年を経ると人の姿を取れるようになるのじゃ。まあ、ちと我が手を貸してやったがの」


 やっぱり、こいつが犯人か。

「ヤマザキ殿と同様に力を引き出してやろうという申し出は断られての。ただ、そなた達について行きたいとのことだったのでな。あの姿では行く先々で騒ぎが起きて面倒じゃろう。なので、人の姿を取れるように手を貸した」


「ヤマダ。私もついて行っていいわよね? 私も役に立つわよ。この姿にもすぐに慣れると思うし、そんじょそこらの兵士なんかよりは強いんだから」

 シュトレーセは腕を曲げて俺ににこっと笑いかける。うん。あの拳で殴られたら痛そうだ。


「それで、どうして女の姿にしたんでしょうか?」

 ティルミット様に疑問をぶつける。そりゃ、俺だって筋肉ムッキムキの男に唇奪われるよりは良かったけど。

「そりゃ、元から女だからに決まっておろう」

 え? 元から女? シュトレーセは吾輩と言っていたんだが……。シュトレーセを見るとうんうんと頷いている。


「これを着ていないとダメ? 動きづらいんだけど」

 シュトレーセはローブを引っ張っている。ああ、それ以上引っ張ったら、見えちゃいけない所が見えちゃう。

「ダメったらダメ。後でもうちょっと体に合ったの探してもらうけど、お願いだから何かで体は隠してくれ!」


「ヤマダがそう言うなら仕方ないわね。元の姿の時は何も言わなかったのに変なの」

「悪いけど、その姿のときは、人らしい行動を頼むよ。せっかく姿を変えたのにまた騒ぎになってしまう」


「分かったわ。それで、どうしてヤマザキは私が挨拶しようというのにさせてくれないの? 私のことが嫌いなの?」

 首を曲げて不思議そうな顔をするシュトレーセ。どういうことだ?

「人の習慣を勘違いしておるようじゃの。唇を合わせるのを親愛の情を示す行動と思っておるようじゃ」


 俺は急いで果音に事情を説明する。果音の表情が和らいだ。

「それじゃあ、さっき山田にキスをしたのって」

「ごめん、なんか驚かせちゃったみたい」

 シュトレーセは身をよじらせてすまなさそうな顔をする。


 ティルミット様がパンと手を打った。

「まあ、これで騒ぎは終わりということで良いかの。では、各自出立の準備を。明日の朝にはここを発つゆえな。詳しい話をと思ったが、話す時間は移動しながらいくらでもあるじゃろう」

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