第40話 枕のことで、お先真っ暗

 トルソー神殿を離れて約1週間。俺達は鬱蒼とした森の中を進んでいた。目指すは王都ジャレー。俺の同行者は女性ばかり。サイズは大中小が揃っている。


 俺の左手前方を進んでいる大柄の女性。大きな荷物を背負って、逞しい肌を惜しげもなく晒しているのがシュトレーセだ。サーベルキャットという大変お強い猫様が人の姿になっている。トルソー神殿でもらった戦斧と金属盾を使用。並外れた膂力と尽きぬ持久力が頼もしい。その気になれば元の姿に戻ることもでき、本人曰く、元の姿の方が強いらしい。


 で、俺の右手前方を警戒しながら進むのが、セーラー服姿の現役女子高生である果音。身長は170センチにちょっと欠けるぐらい。これまた全身を鍛えていらっしゃる戦闘民族。俺がプレゼントした杖を振り回し、スピード重視で戦場を駆けまわる姿はほれぼれするほどカッコイイ。


 俺のすぐ前を歩いているのが、ローブ姿のちびっこい女の子。見た目はせいぜい中学生。しかし、膨大な知識を有し、治癒魔法に長けた偉い大神官ティルミット様だ。実年齢は怖くて聞いてない。腹黒さから考えると少なくとも見た目通りではないと思われる。


 ハーレムじゃねえか、うらやましいって? 残念でした。それはこの女性達に釣り合うぐらいの男性だったらって話だぜ。どうみてもこのパーティのヒエラルキーじゃ俺が最低だ。シュトレーセも果音も俺をぺちゃんこにするのに片手があれば十分だ。それぐらい強い。ティルミット様は即死でもない限り怪我を治せる魔法が使える。


 俺もまあ悪くはないと思うんだ。この間ちょっと知り合った、魔物相手に戦っていた5人組の冒険者達のパーティでなら丁度いいぐらいかも。首が2つある身長3メートルぐらいの巨人と戦っていた。戦士二人が注意を引き、魔法使いが火の玉を飛ばし、身のこなしの軽い奴が弓を放ち、神官が怪我した戦士を治療。


 たぶん俺達が手を出さなくてもいずれは仕留めたと思う。戦士をほっといて後衛を潰すなんて脳みそが巨人にはなさそうだったから、チマチマと体力を削って倒せただろうことは想像に難くない。


 不幸なことに不意に現れた俺達に注意力をそらした戦士の一人が巨人の棍棒を食らってもろに吹き飛ぶ。その瞬間、うちの戦士たちが巨人に殺到した。前後に巨人を挟んで襲い掛かる。前門の虎、後門の狼ならぬ前門の猫、後門の娘。絶体絶命の危機だ。


 巨人の力任せの攻撃が果音に当たるはずも無いし、シュトレーセの構える金属盾は余裕で攻撃を受けとめる。狼狽する巨人の急所に杖がヒットし、戦斧が巨人の手首を切り落とす。その間にティルミット様は血反吐を吐いて痙攣していた戦士を回復していた。


 一応、俺も石をおみまいしてやった。正直、余計な攻撃だったと思う。ただ、何もしないのもどうかと思ったし、相手がトロかったから。あっけにとられていた別パーティの連中は、この道に入って1年以上の実績があると戦いの後に聞いた。もう駆け出しという段階は過ぎたと言っていいのだろう。


「実は有名なパーティなんですよね?」

 しつこく聞かれた。冒険者を管理するギルドのようなものは無いが、それなりに知名度の高い集団というのはいて、吟遊詩人の歌でその名は喧伝されているらしい。別れるときにも畏敬の眼差しで見送られた。


 そう。5人がかりでやっとの化物をうちの2人は瞬殺するし、万が一怪我をしてもそれを即座に治せる神官が居る。俺の出番はあまりない。居心地はいいんだけどな。ということで、残念ながら、キャッキャウフフな展開はない。


 ないんだが……、シュトレーセはやたら他人との距離感が近い。すごーく近い。特に寝るときは誰かにくっついて寝たがる。そして、なぜか俺がお気に入りなのだ。馬車で旅をしていたときにシュトレーセに寄りかかって寝ていたのが悪かったのかもしれない。同じ姿勢で寝ようとするから大変だ。


 シュトレーセの体を覆う布地は極めて面積が小さい。俺が顔を左右のどちらかに向けようものなら、一般的に異性が凝視するのは好ましくないものが視界に入ってしまう。まあ、本人が気にしていないのだから俺も堂々としていればいいのだが、余計なことを言うのが居るわけで……。


「ふふ。そなたもやはり男なのじゃな。我のようなチビには興味ない振りをしておるが、これは気を付けねばのう」

 やめろ。果音が俺を変な目で見ているじゃないか。

「いや。そういうなら、ティルミット様いつでも代わりますよ」


「何? 我の腹を枕に寝たいと? やはりそのような目で見ておったか」

 俺は丁寧な口調をかなぐり捨てる。

「そうじゃねえだろ。シュトレーセを枕に寝たらどうかと……」

「我にはちょっと高すぎて、首を寝違えそうじゃの。遠慮しておこう」


「ヤマダ。私と一緒に寝るのは迷惑なの?」

 誤解を招く言い方はやめてくれ。そんな俺の心の叫びにお構いなく、シュトレーセはその巨体に似合わぬ悲しそうな表情をする。

「いや、そんなことはないけどさ。猫の姿なら別だけど人の姿で……」


「やっぱり、山田って、だったんだな」

 果音もクツクツと笑っている。いや、違うぞ。

「やはりそうなのか。我のナイスバディを見ても反応しないのはそういうことなわけじゃな」

 もう、どこに突っ込んでいいか分からねえよ。ああ、くそ。女が3人。姦しいったらねえ。


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