第38話 バカばっか

 クリスさんの案内で、俺達は階段を下り、廊下を進んで、神殿の外の庭に出た。焼け落ちた納屋の辺りに人だかりがあり、わいわいやっている。近づいてみると、果音とシュトレーセが仲良く伸びていた。しかも、両方とも灰だらけだ。ちぇ、目を離すんじゃなかった。猫灰だらけだが、全然結構毛だらけじゃねえ。


「両者、相打ちになり、意識が戻らないのです。我らも一応、回復魔法はかけてみたのですが……」

「ふむ。この程度の治療も難しいか。少し気前よく疫病対策に人を出し過ぎたようじゃな。まあ、両方ともそれなりに強いダメージを受けておるようじゃ」


 ティルミット様は俺を振り返る。

「訓練も良いが……少々やり過ぎではないか?」

「実は……」

 俺が果音の杖を拾いながら事情を説明すると、ティルミット様は呆れた顔をした。


「すると、そなた達は万全の状態で再戦するために、わざわざ、この神殿を訪ねて来たというのか?」

「そういうことになりますね」

「はっきり言って、バカじゃの」

「はい。戦闘バカなのは否定できません」


「しかし、カードラの企みが失敗したのがそのバカのせいだとすると……」

 ティルミット様は、くくく、と良い笑い顔をされる。

「まったく、世の中、何が吉と出て、凶と出るか分からぬものじゃ」

「ということで、面倒ですが、この二人の治療をお願いします」


「面倒だから、しばらく、放って置くか」

 ティルミット様は俺の依頼を聞かず、首を振りながら自室に戻ろうとする。

「お手を煩わせ申し訳ありませんが、意識を戻してもらえませんか?」

「どうかのう。我も昨日今日で疲れたしな」


「憚りながら、喜捨は用意してあります。お納めください」

 俺は革袋を取り出す。

「そういうのことではないのじゃなあ。ほれ、そなたも分かっておろう?」

「先ほどの話でしたら、私の一存では決められません」


「そなたは了承ということで良いな?」

 ほとんど脅迫である。先ほどのからかいといい、実は相当この大神官様は腹黒いんじゃないか? ぎこちなく首を縦に振る俺を見て、ティルミット様は満足そうな顔をする。

「では、この両名を我が部屋に。そうじゃな、まずはこの女子からにいたそうか」


 控室で待っていると扉が開いて、果音が顔を出した。

「それでは、次はそっちじゃ」

 シュトレーセが布に乗せられて運ばれ、扉が閉められる。果音が俺の側にやって来てソファに座った。


 出された飲み物に果音が口をつける。そしてぐうーっと伸びをした。

「ごめんね。なんかアタシ達を治すために仕事押し付けられちゃったみたいじゃない?」

「それ自体は別にいいんだけど、なんだか結構大きな話みたいでさ」

「そうだね。なんか、この世界の危機に関係するとか言ってた」


「話聞いたんだ?」

「うん。それで、アタシは山田がいいって言うならってOKしといたよ」

 軽っ。まあ、果音が断るとも思えなかったけど。

「それでいいのか?」

「いいの、いいの。どうせアタシには目的ないし、なんだか楽しそうじゃない?」


「楽しそうはどうかと思うぞ」

「そうだね。楽しそうはないか。うーん。胸がドキドキするとか? それでさ、アタシの潜在能力を引き出してくれるとか言われたけど断った」

「え?」


「アタシにまだ伸びしろがあるって聞けただけで十分でしょ。鍛えりゃ伸びるんだからさ。アタシの強さは自分で磨くよ。それにeasy come, easy goって言うだろ?」

 果音らしい。時間をかけて自分を鍛えて、また更に自分で強くなる。

「それじゃ、俺はダメだな。別にこの力は自分で身につけたものじゃないし」

 俺は頭を掻く。


「でも、その前提となる知識はさ、山田が今までの人生で経験してきたものそのものじゃんか。よくもまあ、咄嗟にあんなダジャレを思いつくよな。アタシには無理。いや、マジでちょっとは感心してるんだ。ひょっとして、山田って実は頭はいいんじゃないかって」


「おだてても何も出んぞ」

「ホントだって。アタシが戦ってる時は、殆ど頭は使ってないと思う。ほとんど脊髄反射でさ、繰り返し叩き込んだ動きを呼び出す感じかな。それに対して……」

 果音がそこまで言ったときだった。待たぬか、という大きな声がして、ティルミット様の部屋の扉がバンと開け放たれる。


 その方向に皆の目が向く。俺もそちらに目をやって絶句した。身長190センチを超える大柄の女。吊り上がり気味の目がぱっちりと大きく、ふくよかな唇の口も大きい。周囲を見回すと、腰まで届く豊かなオレンジ色の髪の毛をなびかせて俺に向かって駆けてくる。


 しなやかな跳ねるような足取りと共に、桜桃のような突起物が付いた膨らみが大きく揺れる。視線が下りて、引き締まった腹直筋の先の髪の毛と同じ色の叢まで目に入れたかどうか、大女は最後の5メートル近くを跳躍すると音をさせずに着地し、俺をソファに押し付け俺の頭をつかむと思いっきり俺に口づけをした。それこそ、ぶちゅっという音がするばかりに。

 

 俺が全く反応できないでいると柔らかくしなやかな物が俺の唇を割って侵入してくる。俺の舌の先にぬめりを帯びたものが絡みついた。フ、フレンチ・トースト、じゃなかった、フレンチ・キス? 混乱する俺の頭の中に無駄な知識が呼び覚まされる。女の手が俺の頭をしっかりホールドし、俺はのけ反ることもできずに為すがままだった。

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