第37話 神官の揶揄いに震撼

 翌日、昼近くになって、ティルミット様の部屋に呼び出された。

「昨日は世話になった。少しは休めたかの?」

「はい。お陰様で」

「神殿の温泉テルマには僅かだが治癒効果がある故、少しは回復できたであろう」


 大神官は俺達を見回す。

「なるほど。ヤマザキ殿とシュトレーセ殿はリーゼ草の毒に苦しんでおるようじゃ」

 すげえ。見ただけで分かるのかよ。ティルミットは口の中で何か呟き、両手をそれぞれ、果音とシュトレーセにかざす。淡い光が二人を包んだ。


「うわ。これヤバイ。体中のしこりが取れた気がする。めっちゃ最高」

「ひさしぶりだな。うまれかわったようにかいちょうだ」

 そのような感想を述べて、果音とシュトレーセは頭を下げる。


 俺も丁重に礼を述べると、ティルミットは莞爾と笑った。

「そち達に受けた恩に比べればこれしきのこと礼には及ばぬ。ほんの余技じゃ。さて。何か望みがあるのであれば我が力の及ぶ限り手を貸すといたそう」

「いえ。この両名の治療をしていただけで十分です。それが望みでした」


「欲がないな。遠慮なく申してみよ」

 ティルミット様はやはり凄い力の持ち主のようだ。ひょっとすると日本への帰り方知ってるんじゃないか? でもなあ、あまり人の多い所で異世界とか言いたくないんだよな。


「お前たち、少し下がっておれ。この者達に内密の話がある」

 ティルミット様に言われ、カーマットやクリス達が席を外す。

「これでもう気兼ねせずともよいじゃろう?」

「では、お尋ねいたします。私と山崎が暮らしていた場所への戻り方をお教えくださいませんか?」


 ティルミット様はしばらく目を閉じていたが、やがて口を開く。

「すまぬ。それは我にも分からぬ」

「そうですか……」

 俺は沈んだ声を出す。


 そんな俺の袖を果音が引く。

「なんか話が長くなるんだったら、アタシ達、外でこの間の続きやってていい?」

 そうですね。果音は現地エンジョイ派でしたもんね。果音とシュトレーセが部屋から出て行った。


 ティルミット様はフフと笑う。

「どうやら望郷の念に駆られておるのは、そなただけのようじゃの」

「まあ、山崎はむしろこの世界の方が楽しいのかもしれません」

「ヤマダ殿は気に入らぬか?」


「少し刺激が強すぎます。何度か死にかけましたし」

「まだ、自分の力が分かっておらぬようじゃのう。カードラめの呪いを一部とはいえ解ける者はそうはおらぬと言うに。お陰で我もこうしてそなたと話ができる」

 ああ、あの黒フードの男か。自分の技に絶対の自信を持ったセリフを残して言ったな。


「そういえば、あの黒フードの男、何かを奪っていったようですが、よろしいのですか?」

「ああ。あのことか」

 ティルミット様は悪い笑顔を浮かべた。おかしくてならないらしい。


「くくく。カードラの奴。今頃は有頂天であろうな。さて、偽物と気づくのはいつであろうかのう」

「え?」

「あれだけの不浄の者を使って、神殿を襲おうというのだ、聞かずとも目的は分かる。あのとき身に着けていたのは良く似た偽物じゃ」

 

「それでは本物は?」

「ちゃんと我が身につけておる。見たいか?」

 そう言って、ティルミット様はローブの裾をたくし上げようとする。細い足首と膝が見え、太股が露わになったところで俺は目を伏せた。


「どうした?」

 声にからかう響きがあるが俺は目を上げられない。周囲の人の目がないとはいえ、これはヤベえだろ。どうみても変態の図だ。

「ほう。意外に純情じゃのう」


「お戯れはおよしください。それよりもいいのですか、本物は無事だという大事なことを私などに明かして」

 バサッとローブが降ろされる音がして俺はやっと顔を上げる。少女はマジメな顔をしていた。


「これを奪われては色々と困るのでな。カードラの奴も手の内にあるものが偽物と知ればまた押しかけてこよう。ここの警備も手薄ゆえ、奪われぬためには我が持って移動するしかあるまい。その護衛をそなた達に頼みたい」

 え? 俺達が動く標的になるの? それは……。

 

 返事をしない俺にそれが示される。ティルミット様の指には10センチ弱の6角柱の形状をしたものがつままれていた。サファイア色の透明な物体の内部には細かい線が無数に走り、その線をいくつもの光の点が煌めいている。

「これにはな、この世界の全てが記録されておる。なぜか、そなたら二人の記録はないがの」


 すげえ、なんという大容量デバイス。森羅万象が記録されているならどれくらいの容量なんだ? テラ・ペタどころじゃないぞ。読み書きの方法さえ分かれば、これ持って帰って大容量記憶装置として売り出せば大金持ちだ。

 

 ティルミット様はまた無造作にローブをたくしあげると、左足の付け根に巻いた銀色のバンドにその6角柱を収める。6角柱に気を取られていた俺は目を下げるのが間に合わず、他のものまでチラリと見えてしまった。ブルーのレース付き。ティルミット様と目が合ってしまう。


 ニヤリと笑いながら、ティルミット様は言った。

「見たな?」

「い、いえ、見ておりません」

「いや、何を言うておる。神代の蒼石を見たであろう?」

 くそ。この大神官、とんでもねえ奴だぜ。


 そこへ、遠慮がちに部屋の扉が叩かれる。

「ティルミット様。お取込み中、申し訳ありません。猊下のお力が必要な事態が出来いたしました」

 どうやら、クリスらしい。少し慌てた声をしていた。

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