第36話 騎士は岸に上がれない

 そこで閃いた。ピコーン。頭の上に電球マークが出た気がするぜ。

「騎士は岸に上がれない」

 ガシャンガシャンとあと少しで固い地面に上がろうとしていた騎士は動きが止まる。前に進もうとするがどうしても川岸に上がることができない。俺は意識を集中してワンドを目の前に構えた。


 首無し騎士の動きが止まったことに気づいた神官戦士たちは大剣の届かないギリギリの距離まで近づくと光線の魔法を一斉に放つ。騎士は剣を取り落とし、鎧のあちこちに穴が開いた。なおも暴れる首無し騎士。じわりと頭の芯に痛みが広がり始める。もう少しだ。頑張れ俺。


 両腕を振り上げた首無し騎士の前に果音が飛び込み、腹の部分の鎧の穴に向けて右腕を突き上げる。黒い鎧はようやく動きを止めた。スローモーションのようにゆっくりと後ろ向きに倒れ、バシャンと水を大きく跳ね上げる。大きな歓声が上がった。


 俺は大きく息を吐いて、膝を付き、そのまま河原に座り込む。目をつむり頭の中の痛みが引くのを待った。気配を感じて目を開けると果音が両膝に手を当てて覗き込んでいる。

「また無理をしたな」

「そりゃお互い様だろ。体調万全じゃないんだからさ。冷や冷やさせないでくれ」


 果音は体を起こすとフンと鼻を鳴らす。首に柔らかくしなやかなものが巻き付いた。足を投げ出し両手を体の後方について振り返ると、シュトレーセと目が合っう。俺は帽子を被った。

「大丈夫だ。ちょっと疲れただけ」

「わがはいもつかれたな」


 神官戦士たちが近寄って来て口々に誉めそやす。

「まさか終焉のナズーロを倒してしまうとはな」

「どうやってナズーロを足止めしたの?」

「血止めの技だけでなく、不思議な技を使われる。貴公は本当に魔導士なのだな」


 その言葉に俺は大神官のことを思い出す。

「そうだ。大神官様はどうなったろう?」

 神官戦士たちが俺を抱え起こす。疲れた足を引きずるようにして礼拝室に戻った。部屋に入っていくと暖かい光が満ちているのに気が付く。


「大神官様」

 神官戦士たちが走り出し、少女の前に片ひざを付いた。少女の体は内側から発光しているようにうっすらと輝いている。先ほどまで全身に刻まれていた不気味な傷跡の姿はない。子供達も元気に部屋の片づけを手伝っていた。


 血を吐いていた白い鎧姿の男も血色が良くなっており、周囲に指示を出していた。その男が俺達に気づいて声をかけてくる。

「私は神殿戦士副団長のカーマットだ。貴殿らの助力に感謝する」

「私は山田。こちらが私を護ってくれている山崎とシュトレーセです。大神官様にお願いしたきことがあり、こちらまで参りました」


「そうか。こちらにいらっしゃるのがトルソー神の大神官ティルミット様だ」

 俺は頭を下げる。

「お目にかかれて光栄です。ティルミット様」

「ふむ。そのように畏まらずともよい。そなたが居らなんだら、我もどうなっていたか分からぬでな。礼をいうぞ」


 見た目は小学生か、せいぜい中学に上がりたてぐらいの少女なのにしゃべり方が年寄りっぽい。これは見た目に騙されてはいけないタイプかな。

「もったいないお言葉です」

「なにやら、我に頼みがあるとか。見ての通りでな。今は手が離せぬ。明日迎えをやろう。それまでは町で休むが良い」


「お言葉ですが、念のため、我々もここに留まった方がいいかと」

「そうか。そこまで頼っては心苦しい気もするがのう。折角の申し出じゃ、ありがたくお受けしよう」


 俺達は神殿の本殿に一室を与えられて、そこに腰を落ち着ける。普段は何に使われているか分からないが、居室にしては大きな部屋だった。シュトレーセも同室だ。俺は約束通り、毛の汚れを落とし、馬毛のブラシで丹念に毛づくろいをしてやる。シュトレーセは喉を鳴らした。

「これはくせになりそうだ」


 その間に、果音は風呂で汗を流してきていた。貸してもらった貫頭衣に身を包み、上気だった顔をしている。お肌もツヤツヤ。果音はすっかり元気を取り戻したようだ。

「山田。なかなか良かったぞ。風呂と言ってもサウナだけどな。一応ぬるめだが浴槽もある。生き返るぞ」

「じゃあ、俺も身ぎれいにしてこようかな」


 行って見ると石造りの浴室全体が温められており、確かにサウナだった。へちまか海綿を干したようなスポンジもどきも用意してあり、それで体をこすると体の汚れがぽろぽろと落ちる。ぬるい湯と冷水に交互に浸かって外に出ると俺にも服が用意してあった。


 部屋に戻ると夕食が運ばれてきた。色々と忙しいところに手間をかけさせてしまい恐縮してしまう。

「多忙なのに申し訳ない」

「いえ。私たちも皆さんがいると心強いですから」

 

 今日のお互いの活躍について話をしながら、夕食を食べる。果音は首無し騎士を一人で倒せなかったのが悔しそうだ。

「小耳に挟んだんだが、あれはナズーロといって、相当な化物らしいぞ」

「体調が万全なら、もうちょっとやれたと思うんだけどな」

「いや、人としてはもう十分だろ。もうすぐ人外レベルだ」


 夕食を取ると途端に眠気が襲ってくる。俺と果音は用意してもらった簡易寝台で眠りにつく。シュトレーセは俺の寝台のすぐそばで丸くなった。

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