第35話 キッズの傷が塞がった

「あんたら神官だろ? 治癒は得意なんじゃ?」

 クリスは振り返って暗い目を俺に向ける。

「治癒に長けた者達は、疫病を鎮めるために派遣されていて居ないんだ。私たちは神官戦士なんだよ。不死者を土に還すのは得意だが……」


 白いローブ姿の神官たちが代わるがわる呪文を唱えるが効果はない。

「くそ。あやつめ。なんという邪悪な行為を。このままでは、この子たちは失血でじわじわと死んでしまう」

「血止めだけでもできないのか?」


「あんたも見ただろう。この傷は高位の呪いによるもの。高位の神官の治癒魔法でなければ傷を塞ぐことすらできないんだ。肝心の大神官様が昏睡しておられると我らにできることは……」

「傷さえ塞げばいいのか?」


「ああ。大神官様が意識を取り戻せばなんとかなる。ただ、大神官様の傷は深く意識を戻される前に出血多量で亡くなられてしまう。子供達を庇われなければあるいは……」

 俺は頭の帽子を取った。目の前の血だらけの大神官や泣きながら痛みを訴える子供達を見据える。俺の腸は煮えくり返っていた。あの非道な男に。そして、この惨事を防げなかった自分自身に。


 全身に及ぶ赤黒い不気味な傷を睨みつけ叫ぶ。

「キッズの傷が塞がれ」

 ちょっと苦しいが、こうなりゃ根性だぜ。うおおお。頑張れフィブリノーゲン。お前にはトロンビンがついてるぞ。目を閉じて傷の塞がった皮膚を思い描く。


 周囲のどよめきの声に俺は目を開ける。やったぜ。子供たちの傷は取りあえず塞がっていた。赤黒い不気味な筋となって脈を打っていたがとりあえず出血はしていない。本当は綺麗な肌にしてやりたかったのだが、俺の呪文の内容じゃこれが限界らしい。


 帽子を頭に乗せると、クリスが息せき切って尋ねてくる。

「貴公も神官だったのか。なぜ早く治療の技を。驚かせてくれる」

「いや。俺は神官じゃない。ちょっと変わった魔術師にすぎません。止血までが限界ですよ」


 俺は立ち上がると脇の扉の方を見る。

「ここで私がお役に立てることはもうないでしょう。連れが気になるので失礼します」

 クリスは周囲の何人かに声をかける。

「お前たちも加勢しろ。あいつらは手ごわいぞ」


 俺は数人を連れて外へと駆け出す。建物の外には踏み荒らされた跡があり、それを辿って建物沿いに進むと、先ほどの池のある庭に出た。そこに果音たちの姿はない。門の外から、シュトレーセの威嚇の声が聞こえる。門の外へ出ると黒い鎧の騎士と死闘を繰り広げているところだった。


 俺達が駆け寄ってくるのを見ると黒いローブの男は身を翻し、指笛を吹く。どこからともなく表れた黒馬に跨ると、捨て台詞を残して走り去った。

「ふははは。神代の蒼石は頂いた。せいぜい大神官の命が失われるのを指を咥えて見守りながら、無力さを痛感するがいい。わははは」

 

 男の姿は砂塵に紛れて見えなくなる。俺は意識を近くの黒騎士に戻した。果音とシュトレーセに目に見える外傷はない。俺はほっとしたがすぐに気持ちを引き締めた。果音の動きが明らかに鈍っている。黒騎士の体からは何か黒いものが空中に漂い出ていた。見るからに体に良くなさそうだ。


 驚くべきことに黒騎士のスピードは鎧に身を固めている割には意外と素早い。重く大きな剣を軽々と扱い、果音たちと互角以上の戦いを繰り広げている。万全な状態ならいざしらず、動きの鈍った果音がいつまで持つか分からなかった。


「果音、シュトレーセ。離れろ」

 警告してから、俺は奴に石をお見舞いすべく、帽子を手に取って叫ぶ。果音とシュトレーセは左右にパッと飛び離れた。黒騎士がどちらを相手にしようか迷い、果音の方に近づき始めたときに一発目が黒騎士の兜に直撃し、兜を吹き飛ばした。


 兜のなくなったところにはあるべき頭が無い。首無し騎士か。そこへ2発目が落下する。ゴン。鈍い音がして石が鎧にめり込む。がっくりと膝を付いて大剣を地面に刺し体を支える黒騎士。そこに横合いから走り込む二つの影。果音とシュトレーセがタイミングを合わせて強烈な蹴りを放つ。


 片膝をついていて身動きすることができなかった黒騎士は空中を飛んだ。しかし、空中で態勢を立て直すとバシャンと川の中に両足から着水して盛大な水しぶきをあげる。川幅はあるが水かさは黒騎士のひざ上ぐらいしかない。


 果音を見ると肩で息をしていた。どうやら、更に体調が悪くなっているようだ。シュトレーセも心なしか、体毛の色つやがない。そこへ後ろの方から耳慣れない言葉の連なりが聞こえたと思うと白く輝く光がゆっくりと俺の脇を通り過ぎ、黒騎士の体に突き刺さる。何本かの光が通り過ぎて黒騎士の鎧を傷つけるが倒すには至っていなかった。


 黒騎士はゆっくりと動き出す。まずい。この光はたぶん神官戦士の魔法なのだろうがスピードが遅すぎて陸に上がられたら騎士に当てることは難しいだろう。水の流れと不安定な水底に足を取られている今のうちに何とかしなくては、俺達はいずれあの大剣の餌食になってしまう。しかし、俺の落石では力不足だ。あの鎧には何か不思議な力が働いている。

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