第14話 掛詞はかっけえ
「でもさ。山田はなんでそんなに下らないダジャレが次から次へと出てくるんだ?」
森の中の道を進みながら果音が聞いてきた。木漏れ日が降り注ぎ、フィトンチッドが心地いい中、厳しいお言葉だ。
「下らないとは言いすぎじゃないかと思うけど」
「そうかねえ」
「ほら、和歌でも掛詞ってあるだろ? 例えばだな。花の色は移りにけりないたづらに我が身世にふるながめせしまに」
「小野小町だね」
「山崎っ! 知ってるのか?」
「馬鹿にするな。古文ぐらいは習ってます」
果音は杖を持った右手を振り上げる。やめて、暴力反対。しかし、脳筋娘だと思っていたが、意外にできるな。
「じゃあ、意味は分かる?」
果音はじろりと俺を見る。
「おばさんになったのを嘆いているんだろ」
「どストレートだな。間違っちゃいないが、一応技巧を凝らしてあってだな……」
「長雨が降ってる間に花が散るってのと、年をとったという2つの意味をかけてるんだろ」
ぐ。まさか、ここまで理解しているとは。
「お、おう」
「だから、バカにすんなって。言ったじゃないか。こっちは現役ジョシコーセーだぜ」
えっへん。果音の鼻が高くなっている。いや、まったく人は見かけによらないな。
「ということでだ、ダジャレはそういう雅な流れをくむ奥ゆかしい日本の文化であってだな、下らなくはない」
「古歌の優秀さと山田のダジャレには関係はないと思うけどね」
「まあ、いいじゃないか。瞬時に同音異義語が頭に浮かばないとダジャレは言えないんだぞ。語彙が貧弱だとできない高等な……」
「はいはい。どうどう。落ち着きなよ」
完全に果音に馬鹿にされている。
「まあ、それで誰が傷つくわけでもないか」
果音は笑う。
「それに。ここじゃ、山田の切り札だからね。実際、役にたってるわけだし。山田が力説するほどとは思わないけど」
「だろ? 掛詞はかっけーんだ」
ひゅうう。森の中を風が通り過ぎる。俺と果音が道を歩く以外の音が消え、沈黙が辺りを包む。つ、辛いぜ。
「山田の頭の中はどうなっているんだろうな?」
「じゃ、じゃあ、山崎は普段何を考えているんだ?」
「アタシ?」
果音は首をひねって考えている。
「なんだろーなー」
20歩ぐらい歩いてから言った。
「ダジャレじゃないことだけは確かだね」
「も、もう、その話は結構です。私が悪うございました。お許しください」
「別に責めてるわけじゃないんだけどな」
また、しばらく無言で歩く。森の中でこれだけ日差しを感じるということは、結構このあたりは低緯度なのかもしれない。季節が夏なのかもしれないけどな。日本の季節と連動しているとは限らないし。
「そうだなあ。アタシは何も考えていないのかもな」
果音はのんびりとした声を出す。
「というか、考えたくもないのかも。さっきも言った通りアタシって帰国子女でさ。周りから浮いてたんだよね」
「そうなんだ。普通の子に見えるけど」
「ありがと。でも、こうやって周りと同じように髪染めて、同じような口調を真似していても上滑り感がハンパないんだよね」
「俺からしたら、どこからどうみても普通な女子高生だぜ」
「見た目がでしょ。普通の女子高生は、こんな風に杖を振り回して山賊や怪物ぶちのめしたりはしないよね?」
「まあ、そうだ」
「さすがに日本じゃぶちのめしたりは、あまりしなかったけど、女の子は普通そんなことしません、とか結構うるさく言われてさ」
「あまり、なんだ」
俺は思わずつっこんでしまう。
「そう。ちょっとだけね」
なんでもなさそうな声と表情だが、俺には果音の悩みというか、疑問の声が聞こえた気がした。普通って何?
「いいじゃねえか。普通じゃなくったって」
「え?」
「普通ってなんだよ。そんなの多数派ってだけだろう。別に偉くもなんともねえ。普通なら、とっくにこの世界なら死ぬか、死ぬよりもひどい目にあってるだろうさ」
俺はボルテージを上げる。
「そうだろ? 確かに俺はダジャレが多いかもしれない。普通はそんなにしょっちゅうダジャレを言うもんじゃないかもな。でも、それがどうした? 俺はそのおかげで生き延びられた」
果音は俺の勢いに圧倒されている。
「山崎は女の子にしちゃ、ちょっとばかり強いかもしれない。ちょっとじゃねえか。めっちゃ強いよな。いいじゃないか。ジョゼさんや俺の命を救ったのは他でもねえ、普通じゃない山崎じゃないか。普通、普通っていう奴には、てめーは便秘か、とでも言っておけばいいんだよ」
あっけにとられていた果音が破顔する。
「それって、普通と不通をかけてるのね」
くくく。と笑う。花が咲いたようにぱっと明るくなった。
「でもさ。それって、うら若き乙女に言うセリフかな?」
反射的に俺は言ってしまう。
「乙女ってキャラかよ」
「そうね。でも、下ネタはどうかと思うぞ。フツーはさ」
やべ。確かにこれはマズいか。
「ま、いっか。山田の言う通りだ。フツーなんてクソくらえだね」
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