第15話 同室はイヤ。どうすんの宿?

 ゴブリンの襲撃を退けた翌日、俺と果音の二人は小さな町にたどり着いた。一応、町といってもいいかと思う。少なくともメーベの村よりは大きかった。食堂兼居酒屋兼宿屋といった感じの店もある。まあ、ホテルっていう感じじゃない。旅籠というか民宿というかBBというか、そんな感じのところだ。


 町に入ると果音が人目を集めるかと思ったがそうでもなかった。まあ、男の目は集めていたけど、その珍しい格好で注目されたわけではなさそうだ。余計なトラブルを心配したけれども、果音の腰に下げている斧か手慣れた感じで持つ杖か、それを見てちょっかいをかけてくる奴はいない。見るからに手練れだからだろう。道行く男たちも商人や農夫のようで武器を帯びてはいるが強そうではない。


 町を行く人の服装もまちまちだった。染色技術が発達していないのか色のバリエーションはなかったけれど、形としては意外と種類が豊富だ。そこそこ気温も高いせいか、女性でも肌の露出は少なくなく、腕やふくらはぎが露出していることも珍しくはない。まあ、果音ほど健康美に溢れている女性はいなかったけど。


 宿に入って聞いて見ると、一部屋だけ空いているという。他は満室だった。この町は三差路にできたものらしく意外と人通りがあるらしい。宿代も苦労せず払える金額だったのでその部屋を借りようとするとなぜか果音が渋る。

「なんで部屋を借りるのがダメなんだ?」


「いや。さすがにちょっとねえ」

「今までだって、野宿してきただろ」

「同じ部屋というのがね……」

 ここにきて、乙女の恥じらいですか?

「だって仕方ないだろ。一部屋しかないんだし」


「とは言っても。そういう目で見られるのは耐えがたいじゃない」

「なんか、ものすごく酷いこと言われてるんだけど。いや、気持ちは分かるけどさ」

「だろ?」

 だろ、じゃねえ。そんなに俺がイヤのか? 結構精神抉られるんですが。

「大丈夫だって。誰がどう見てもそんな風には思わないから。ひ弱な旅人と護衛にしか見えません」


 なんとか口説き落として渋々同意させた。もう、風の音に怯えながら見張りをするのはイヤだったからだ。贅沢は言わないので屋根の下で寝たい。最後に屋根の下で寝たのはガラリットさんの家だ。前払いで金を払い部屋に案内されるとベッドが一つしかない。次々と発生するトラブル。


「あの。ベッドが一つですが?」

「あ? 使用人にベッドはいらんだろ。さっき、そう言ってたじゃないか。まあ、狭いが二人寝れないこともないだろ。じゃあ、これが鍵だ」

 宿のおじさんは鍵を渡すと階下に降りていく。


 俺はすぐに果音にベッドを指し示す。

「ささっ。ベッドは山崎が使ってくれ」

 ベッドに二人で寝るという選択はなかった。そんなことを提案しようものなら、今後は宿に泊まれなくなってしまう。俺もそこまで脳みそが腐っちゃいない。


 果音はベッドに腰掛けながら、こちらをじーっと見ている。見つめられて俺は不安になった。

「えーっと、何か問題でも?」

「一つしか無いから一緒でいいだろとかバカなことは言わないんだな、と思って」

 俺は手の平をぶんぶんと振った。

「とんでもない」


「ふーん。筋肉のついた戦闘狂には興味がないってわけだ」

 おい。この質問にはなんて答えりゃいいんだ。はい、だと傷つけることになるし、いいえ、だと俺の命が危ないし。

「興味があるとかないとかじゃなくてですね。この部屋に泊まるのは不可抗力なので、つまりそういう気はないだろうとそう思うわけです。だいたい、さっき同宿を渋った相手に冗談でもそんなことを言うか?」


「面の皮の厚い奴なら言うかもしれないね。まあいいや。それでアタシにベッドを譲ってくれるんだ」

「というか、それ以外ないだろ。力づくで奪い合っても勝ち目はないし。それに、女の子を床に寝かせて自分だけベッドに寝るほど神経が太くない」


「それじゃ何か? アタシは今日ぶっ倒れた相手を床に寝かせて平然としていられるデリカシーの欠片もない女だと言ってるようなもんじゃないか」

「そういうつもりじゃないんだ。えーと、そうだ。たまには俺にエエかっこさせろ。そういうことだ」


 俺は胸を張る。

「つまらん見栄かもしれないけど、ここは大人の顔を立てとけ。論理的に判断しても主戦力の山崎が休息をしっかりとる方が理にかなってる。それに、俺は仕事が終わらなくて会議室の床で寝るのには慣れている。これだけ理由があれば十分だろ」

 俺は3つ指を立ててみせた。


 果音は少し意外そうな顔をしながらも納得したようだ。

「そういうことなら遠慮なくベッドは使わせてもらうよ」

「よし。それじゃ、下に食事に行こう。さっきからいい匂いがしていて腹が鳴りっぱなしなんだ」


「金は大丈夫なの?」

「まだなんとかなると思う。あいつらから巻き上げた金があるし」

「そうか。じゃあ、行こう」

 果音はベッドから勢い良く立ち上がる。

「正直に言うとさ。アタシもちゃんと味付けしたものが食べたいと思ってたんだ。木の実や魚もいいけど、もうちょっと塩分をとらないとね」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る