第13話 高価な硬貨
俺のボディガードは小さな袋をジャラジャラさせながら戻ってきた。それをポンと放ってよこす。俺はなんとか袋を受け止めながら聞いた。
「これはなんだ?」
「ん? たぶんこの世界の金じゃないか。あいつらが後生大事に持ってたから」
袋のひもを開けて中を覗くと、硬貨がいくつか入っている。銅色のものがほとんどだったが、黒っぽい銀色のものも混じっていた。
「確かにそうみたいだな。俺がもらった小銭と同じもののようだ」
「そっか。どれくらいの価値があるんだろね? 手に入れるのに結構大変だったけど」
まあ、命がけだからな。
そして、俺はこの世界への順応が早すぎる果音にちょっと引いていた。なぜ、ためらいもなくゴブリンの首を刎ねられるのか聞きたかったがその言葉は飲み込んで、別の質問をする。
「ところでさ、なんで、戦う時に斧を使わないんだ?」
「斧は動かないものを切るにはいいけど、相手も動くからね。重いと疲れるし。戦いにおいてはリーチと速さが大事だろ?」
「そういうもんか」
「そういうもんだ。まあ、それに慣れもあるかなあ。あ、山田。お前アタシがあいつらの首刎ねたのでドン引きしてんだろ?」
うへ。意外とカンのいいやつだ。
「いや、そんなことはないけど……。まあ、ちょっとは驚いた」
「まあ、そうだろな。平和な日本に暮らしているとフツーはああいう行為をすることはないしね」
「平和な日本って、山崎もそうじゃないのか?」
「ここに来る直前は日本にいたよ。この格好みりゃ分かるだろ」
果音はくるっと振り返りながらフワっとジャンプして着地して見せる。その動きにはまるで重力がないかのようだった。
「アタシはさ。帰国子女なんだよね。まあ、どこの国からとは言わないけどさ、なかなかにスリル溢れる所だったんだ。そこでは色々あったんだよ」
「色々ってなんだよ」
俺の質問に果音は肩をすくめる。
「色々さ。山田、お前なあ。乙女がボカしてるんだぞ。聞いて欲しくないってことぐらい分かれよ。それよりもだな、お前、なんでさっき鼻血流してぶっ倒れたんだ?」
乙女という存在は杖ぶん回したり、斧で首ちょんぱしたりしないと思うけどな。
「えーと、それはだな……」
「アタシのスカートの中が見えたか?」
俺は盛大につんのめった。
「んなわけないだろう。100メートルぐらい離れてたんだぞ。どんだけ視力がいいんだよ。それにスカートの中が見えたぐらいで鼻血だすなんてどれだけ純情なんだ?」
「そうかなあ。さっきジャンプしてみせたときに目がギラついてた気がするんだけどなあ」
やべ。確かに目が釘付けになってたかもしれない。
「ははは。そんなことはないだろう。それよりも鼻血の件だったよね?」
俺を一撃で昇天させられる相手に嫌悪感を抱かせるわけにはいかない。俺は必死に真面目な顔を作った。迷惑をかけたお客さんに謝りに行くときの営業用特別ウルトラ真面目顔だ。
「俺の魔法なんだけどな」
「ダジャレのやつな?」
「いちいち言わんでいい。その魔法なんだが、俺の能力を超えると体にダメージがあるみたいなんだ。この間、ヤバい犬を消したときもそうだった。頭の芯が爆発したような痛みが走って鼻血が出る」
果音は眉間に皺を寄せた。
「それは大丈夫なのか? 命とか魂とかそんなものを引き換えに使うんじゃ割にあわなすぎると思うけど」
「そこまでヤバイとは思いたくない。それに、そうは言っても、俺には他にできることがないし。使わなきゃどのみち死んでる」
「よし。これからはなるべく使わないようにしよう。山田。さっきは何発ヤッた?」
ヤッたとか、可愛らしい女の子、乙女を自称する女の子が使う言葉じゃないよ。
「覚えてない」
「お前なあ。銃とか飛び道具を使う時は常に残弾数を意識するもんだぞ」
今この子しれっと銃の話をしてますけど。一瞬しまったという顔をしたが果音はさり気なく言葉を続ける。
「あの怪物たちは38体いた。アタシは22体倒したから……」
「俺は16体倒したのか。ということは8発目で昏倒したんだな。まあ、その1回前にじわっと予兆のような痛みが出たんだけどな」
「だったら、なんで使ったんだよ?」
果音が怒ったような声を出す。
「だって、山崎も疲れが見えてたし、身を危険にさらして戦ってるのに俺だけが高みの見物ってわけにもいかないだろ。何にもできないってわけでもないんだから」
「もう、無理するのはやめてくれよな。お前が倒れる方がよっぽど心臓に悪い。お陰で受け損ないそうになったじゃないか」
ということはさっきの傷は俺のせいなのか?
「とにかく、今後は無理に魔法を使うのは禁止」
「いや。それだと俺の沽券が……」
「そんなもん知らん。無理して死なれたらアタシの寝覚めが悪い。禁止ったら禁止。分かったな」
杖を肩に担いで凶悪な目をする女子高生に俺は、分かりましたとしか言えなかった。
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