第7話 石がストンと落ちる

 た、助かった。そう思う俺の前で女子高生が扱う杖は本当に今まで俺が持っていたものと同じ物なのか疑問になるほど、変幻自在の動きを見せていた。もちろん、早すぎて全ては目に捕らえられない。頭上に構えて剣を受け止めたと見るや、次の瞬間には山賊の側頭部を襲う。慌てて身を低くしてよけた山賊だったが、するすると引き寄せられた杖は逆回転をして相手の足を払った。


 無様に転がった山賊の喉元に腰だめをした杖が伸びてめり込む。女子高生はそいつを捨て置いて、サッジが起き上がってきたところに駆け寄る。下からすくい上げた杖が股間を直撃し、さらに脳天から杖を振り下ろして昏倒させた。見ているこっちの金玉まで縮みあがりそうだ。


 圧倒的な強さを見せる女子高生は、さらに旅人たちに襲い掛かかっていた残りの山賊たちの背後から突入した。山賊たちは恐慌状態に陥る。急に現れた小娘が次々と仲間を屠っていくのだ。その様はさながら茶色い竜巻のようだった。色黒の手足が宙を舞うたびに土ぼこりをあげて山賊たちが地面に倒れる。


 俺は恐怖を忘れて近寄っていった。別に鉄壁のディフェンスを誇るスカートから何かがチラリと見える僥倖を期待してのことじゃない。まあ、ちょっとは見えるといいなとも思った。いやいや、そういう邪念だけでなく、俺は女子高生の活躍ぶりに完全に魅了されていた。


 気づけば山賊は残り二人。ただ、かなり厄介なことになっていた。石を投げていた男の子が首領らしき男に捕まっており、その首筋には短剣が当てられている。もう一人は弩を構えて首領の側にいた。それを見て槍を構えていた女性が何事か叫んだ。きっと男の子の名なのだろう。


 首領は何かを叫ぶと男の子の首に刃を押し当てる。首筋からツーっと血が流れた。女性は槍を放り出し、何かを懇願している。首領がまた何かを怒鳴ると、女性は女子高生の前に身を投げ出し、両手を合わせて何かをかき口説き始めた。これは言葉が通じなくても意味は分かる。子供の命が惜しくば武器を捨てろと言っているのだ。


 その様子を見ていた女子高生はカランと武器を捨てる。それを見た首領は鼻の穴をおっぴろげて笑い手招きをした。もう一人の男は弩の狙いをピタリと女子高生につけている。女性はのろのろと立ち上がり首領に向かって歩き始めた。首領は女子高生に向かって怒鳴り手招きをする。


 旅人たちの中から一人の男性が何かを叫ぶが、女性は悲しそうな顔をするだけだ。これから何が起こるかは明白だった。山賊どもは女性と女子高生を連れ去るつもりだ。その後に彼女たちに待ち受ける運命は分かり切っている。くそ。なんとかしなくては。


 女子高生は命の恩人だ。彼女が居なければ俺はもうこの世とおさらばしていただろう。斜め後ろから見る彼女の表情は伺えない。ただ、きっと悔しさに胸が一杯に違いない。あんな山賊に自由にされるなんてそんな酷いことがあってたまるか。考えろ、俺。


 彼女たちはもう首領の近くまで行っていた。もうすぐ手を伸ばせば掴めそうな距離になっている。そうなる前に何とかしなくては。何か、何かいい方法はないか? 首領の足元には石がいくつかと布が落ちていた。少年が投げつけようとしていた奴だろう。俺も石を投げつけるか? だめだ。さっきもよけられたのに首領まではもっと距離がある。


 石。石。そうだ。これならいけるかもしれない。正確には韻を踏んでいる訳じゃないがもう時間がない。ダメで元々だ。俺は空を仰ぐ。青い空が広がり、上空の高い所に白い筋状の雲が浮かんでいた。上空の1点を睨み視線を一気に下げ、首領と弩を構えた男の頭を凝視する。


「石が落ちた。ストンstone。ストン」

 俺が叫ぶ。その場の全員が俺を見た。なんだコイツ、急に大声で叫んでるぞ? そんな顔だった。首領を含む他の人はただ単に大声に驚いただけだろう。ただ、女子高生は怪訝そうな顔をしていた。そして、首領が喚こうとして大きな口を開けたとたん、もう一人の男と共に血煙をあげて倒れる。


 上空から物凄い速さでこぶし大の石が落ちてきたのだ。スカイツリーから落ちた氷の塊が屋根を突き破ったというニュースを見たことがある。それと同じぐらいの高さから石が落ちる姿を思い浮かべた結果がこれだ。


 スカイツリーの高さは634メートル。旧国名でいうところの武蔵国にできたから634むさしメートル。なんかすごい親近感を感じるよな、このセンス。で、この距離を物体が落下するのにかかる時間は約11秒。重力加速度を地球と同じ毎秒9.8メートルで計算すると落下時の時速は約400キロだ。わお。


 しかも、目視誘導なので有視界なら外すことはない。11秒もかかるという難点を除けばかなり有効な攻撃なんじゃないだろうか。やべ。俺ってかなりすごいかもしれない。惜しむらくは呪文がなあ。あまりにストレートすぎる。こんな感じならカッコよさ100倍なんだが。


「天空を彷徨いし遊星よ、我が前の敵を撃ち砕け。シューティングスター!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る