第8話 俺たちへのお礼
旅人たちは我に返ると時間を無駄にせず、山賊たちを確認して息のあるのを縛り始めた。数珠つなぎにして、その端を荷馬車に括り付ける。息が無いのは斧で首を落としていた。容赦ない。マジで世紀末だぜ。
その間に割ときれいな女性と一人の男性が熱い抱擁をかわし始めた。男の子とどこからか出てきた女の子を交えて家族の絆タイムだ。どうやら、親子ということのようだ。ひとしきりお互いの無事を喜びあうと男が山賊の後始末をしている連中を呼び集め、女子高生に対して片足を引いて身をかがめた。
次いで俺の方に向き直り同じような仕草をする。それから何かを話しかけてきた。
「何言ってるか、わっかんないんだよね」
女子高生が言う。
俺は袋から緑の帽子を出して被った。
「……は、危ういところを助けていただき感謝しています。美しき戦乙女殿。それから不思議な技を使う魔法使い殿。私はジョゼ。ご覧の通りの旅の商人です。願わくば名を明かされんことを」
「俺は山田だ」
「おお、魔術師ヤマダ殿。して、こちらの勇ましい女性は?」
ジョゼに視線を向けられた女子高生は俺を見て言う。
「おっさん。アタシの言葉が分かんの?」
俺はちょっとムッとした。確かに命の恩人だが、おっさんと言われると心穏やかではない。
「俺はまだ30だ。まだ、おっさんじゃない。それに山田という名前もある」
「30なら完全におっさんじゃん」
そう言ってケラケラ笑う。
「で、おっさん、この人の言葉も分かんだ。何言ってんの?」
「ジョゼという人で、君の活躍に感謝している。そして名前を知りたいと言ってる」
「え? マジ? あの人奥さんじゃないの? 妻子持ちでナンパとかウケる。まあ、おっさんよりはイケてるけど」
「あのな。俺は山田だ。おっさんじゃない。で、君の名は?」
「良く知らん相手に名前を言うなんて、マジありえなくない? 個人情報だよ。個人情報」
「ああ。もういいや」
俺はジョゼさんに向き直ると言った。
「名乗るほどの者ではないそうです」
「なんと! では、あなた方は一緒に旅をされているわけではないので?」
「ああ。初対面だ」
「同じ異国の言葉を話されているようだが……」
「そうですね」
「そうですか。いや、命の恩人に立ち入ったことをお聞きして申し訳ない。ついでにお聞きするが、ひょっとしてジャレーに向かわれるところでしょうか?」
俺が頷くと、少し残念そうな顔をして、ジョゼさんは振り返ると男の一人に何かを言う。男は荷馬車に向かった。
「本来であれば時間をかけて御恩に報いるべきところなれど、行先が正反対のようです。急ぐ旅ゆえご容赦願いたい。代わりにお二人に対する感謝の印としてささやかなお礼を差し上げたいと思います」
ジョゼさんは男から受け取った細長い棒を俺に差し出した。
「このワンドは使用者の精神を高め、魔法の効果を高めると言われています。正確には分かりませんが、元は由緒ある物です。ヤマダ様はワンドが無くても魔法は使えるご様子ですが、持っていて邪魔にはならないかと」
受け取って見ると、黒い50センチほどの棒で、表面はすべすべしており、びっしりと何か分からない模様か文字のようなものが彫り込まれている。一方の端には穴が開いていて紐が通してあった。これを手首に通しておけば失くしにくいということなのだろう。良く分からないが何かの力が込められている感じが伝わってくる。
「このような貴重なものを頂いてよろしいのですか?」
「もちろんです。私が持っていても宝の持ち腐れ、ヤマダ様のような優れた魔法使いにこそふさわしいでしょう」
優れた魔法使い。なんといい響きだろう。
「ありがたく頂戴いたします」
「あちらの女性にはこれを差し上げたいと思うのですが……」
ジョゼさんが差し出したのは手袋のようなもの。俺は女子高生に話しかける。
「なんか、お礼をしたいと言ってるけどどうする?」
「マジ? なんだいい人じゃん」
おい。物をくれるというだけで評価変えんなよ。まあ、700年も昔のおっさんも、一番の友は物をくれる奴と言ってるけどな。
「で。何くれるって? おっさんは変な棒もらってたけど」
「手首を保護しつつ攻撃力を増すグローブです。表面はミスリル加工してありますので不浄の者や魔法生物にもダメージが与えられます」
通訳して伝えると首をかしげていたが女子高生は、手にはめてシャドーボクシングをして見せる。そして、にこりと笑うとありがとうと言った。
通訳するまでもなくジョゼさんに謝意は伝わったようで、ジョゼさんは優雅に頭を下げた。
「お喜び頂いたようで何よりです。この程度しかお礼ができず心苦しいがご容赦を。もし、再会することがあればその際には必ず改めてお礼をいたします」
周囲の者に出発を告げるジョゼさんが馬に乗りながら、思い出したように告げた。
「この先の森の近くの洞窟には小型の魔物どもが巣くっているとか。お二人には敵わないでしょうが念のためお伝えしておきます。では、さらば」
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