第3話 帽子で言葉が通じないのを防止する
気が付くと俺は粗末なベッドの上で寝かされていた。はっとして飛び起きる。腹に触ってみると痛みも傷跡らしいものもない。服も腹のところが裂けていることを除けば気を失ったときのままだ。見回すと紙袋もベッドのすぐそばに置いてあった。
土の壁に板葺きの天井。どうみても俺のアパートって感じじゃない。似たようなボロさだがちょっと違う。俺は頭をボリボリとかいた。うーん、どうなってんだ。あのこわもてのおっさん達はどこに行ったんだろう。生きてるってことは俺を害するつもりはないのかな?
まあ、でもあの時の痛みは本物だった。つーことはだ。今俺が見ている物は現実という訳だ。その事実に頭を抱える。事態に脳がついていけていなかった。元々それほど頭がいい方じゃない。人文系はまだ良かったがそれ以外はな。くだらんことは色々知ってるけど。ちなみに運動も得意じゃない。荒事も無理。
「えーと、誰かいますか?」
間抜けな呼びかけをする。先ほどの経験からすればお互いに言葉は通じてないみたいだから、オッペケペーでもトッピンパラリノプーでも何でもいいのだが。
部屋の隅にあった木の扉が開き、眉も髭も真っ白なじいさんが木の杖を突きながら入ってきた。俺は少しほっとする。さっきのマッチョなおっさんが入ってきたらどうしようかと考えていたのだ。このじいさんならいざとなればなんとかなりそうな気もする。
「どーも、ハロー、ニイハオ、グーテンターク、ボンジュール、チャオ、アスタラビスタ、ガーマルチョバ」
思いつく限りの言葉で話しかけてみる。じいさんはどれにも反応なし。参ったなあ。
俺の様子を眺めていたじいさんは懐から緑色の小さな帽子を取り出すと頭に乗せる。そしてゆっくりと口を開いた。
「はじめまして。見知らぬ方よ。具合はいかがかな?」
何だよ。ちゃんと喋れんじゃん。まったく俺を脅かしてどうしようってんだ。分かったぞ。これテレビの撮影か何かだろ。今にあのドアからカメラが入って来てタネ明かしをするやつだ。えー、俺気を失ったりすげーカッコ悪いじゃん。放映しないように断固抗議しなきゃ。
「どこの局の番組だよ? 全く趣味悪いな。BPOに訴えるぞ」
「若い方よ。すまぬが何を言っているかさっぱりわからん。いきなり腹を突かれて動転しているのかもしれないが、傷は治しておいた。落ち着きたまえ」
思わず腹に手をやる。そうだ、確かに俺は少しだけとはいえ刺された。流石にテレビの収録で怪我はさせないだろう。ということは……。
「ここはどこなんだ?」
「わしの家じゃ」
だああ。聞きたいのはそれじゃねえ。ああ、でも自己紹介が先だな。
「俺は山田太郎と言います。あなたは?」
「わしはインゴ・ガラリット。魔術師の端くれじゃよ」
「魔術師?」
思わず声が裏返ってしまう。
それから色々と情報を交換した。ここはメーベというド田舎の村であり、ガラリットさんと会話ができているのは緑色の小さな帽子のお陰だということも分かった。そして、ここが日本はおろか地球ですらないことも知った。知りたくもなかったけど。しばらくここに置いて欲しいと頼むと断られた。村の住民は余所者を嫌うのだとか。まあ、なんとなく事情は分かる。
自然豊かな農村は都会と違って、みな優しくてお互いに支え合っている、なんていうのは幻想だ。意外と村の中では因習渦巻きドッロドロというのもよく聞く。まあ、場所によっては村の内部では相互扶助というのもあるかもしれない。だが、余所者に対しては一致団結して排除することで保たれているというのも良くある話だ。つーか、それで俺が営業で苦労してたんだけどな。
ダメ元で緑の帽子を譲ってもらえないか交渉したら、俺の持ち物と交換してくれるという。言葉が通じないのは死活問題なので条件を飲んだ。緑の帽子を手に持ち、なんかモゴモゴ言った後に俺に渡してくれた。受け取って見るとなんの変哲もない帽子だ。
「言葉が通じないのを防止する帽子」
えへへ。今日は調子がいいぜ。帽子を被って見ると言葉が通じる。すげえ。これ持って帰ることができれば通訳業できんじゃん。なんでも言葉の分かるスーパー通訳。いやっほーい。
服から時計、スマホ、紙袋、空き缶、すべてを渡すと、ガラリットさんはこの世界の標準的な服装一式と俺の身長より長い木の杖を1本つけてくれた。それと袋に木でできた水筒と木の実をどっさり。少々の小銭もくれた。親切だな。
ガラリットさんについて村の入口まで行って別れた。家の戸口あたりから猜疑心に満ちた視線が俺に注がれる。完全に不審者扱いだ。まあしょうがねえか。見慣れない顔の奴がいれば怪しむもんな。別れ際にガラリットさんが言う。
「とりあえずジャレーの都を目指しなされ。この方角に進めばいずれは着くでしょう。そこの魔法学院の長を訪ねれば力になってくれるじゃろう。途中、しばらくは物騒な道だ。気を付けて行くがいい。では達者でな」
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