第4話 徒歩で移動!トホホ……

 うーん。現状を整理するか。俺は今、良く分からんが別の世界に居る。しかも、ド田舎らしい。確かに道行く人なんざいない。で、ジャレーとかいう都に行けば偉い魔法使いが居て、この状況をなんとかしてくれるかもしれないと。移動手段は徒歩。トホホ。1カ月近くかかるらしい。


 あれ、このパターンって都に行ってもダメな奴じゃね? 昔読んだ割と有名な話に出てきた何とかいう奴もそうだったしな。とはいえ、現状じゃ他にすることないし、藁にもすがるつもりで行ってみるしかないか。とか思っていたら、足を滑らせて川で溺れかけた。


 幸いに肩から掛けていた袋が浮袋代わりになって、対岸にたどり着くことができたが、全身びしょびしょになってしまった。まあ、いいや。急ぐ旅でもないし河原で体乾かしていこう。


 服が乾くまで暇なので河原の石を拾って水面ギリギリに投げて何回跳ねさせることができるかをやって遊んだ。平べったい石を選んでサイドスローで投げるのがコツ。ついつい夢中になって遊んでいるうちに服も乾いた。乾いたが日も暮れそうだ。


 妙にこの事態に現実感を感じられないせいか、アホなことをしてしまう。良く分からない世界にいるし、腹を刺されたし、服はチクチクするし、いい事なんて何もない。しかも彼女もいない。


 だいたい、こういう事態になったら素敵な女の子との出会いとか、その日のうちに出てくるもんじゃね? いやホント。俺がヤケ起こして自殺でもしたらこの物語は終了だよ。ジ・エンド。おお、勇者よ死んでしまうとは情けないだ。おら、俺を転移させた神様だかなんだかしらない奴、可愛い女の子早く寄こせ。いや、お願いします。会った瞬間俺にベタ惚れする子な。


 あ、でも、よく考えたら、俺は勇者ってキャラじゃねーや。運動神経悪いし、カリスマもないし。んー。俺はどういうポジションなんだろな。剣とか触ったことないから戦士じゃないし、カラテとかできないから武闘家じゃねーよな。神官? ダメだ。信仰心の欠片もないわ。だいたい、無信心というか汎神論な日本人だしな。神社にお宮参りして、クリスマス祝って、坊さん呼んで葬式だぜ。


 まあ、クリスマスつったって、某チェーンのチキンを一人寂しく貪り食うしかしたことないんだよな。夜景の綺麗なホテルのレストランで女の子と食事をして、実は部屋も取ってあるんだとかやって見たかった。


 おっと、話がそれたぜ。うーんとキャラの話だったよな。じゃあ魔法使い。そういえば、ガラリットさんに少し魔法を教えてもらえばよかった。かっこよく呪文を唱えて、手から炎とか稲妻だしたらカッコいいじゃん。そうだな。これならいけそうな気がする。大魔導士山田。うん、いい響きじゃないか。


 魔法学院に行けばなんとか日本に戻れるかもしれないし、ダメな時は大魔導士として生きていく。完璧だ。プランAとプランB。魔法学院にはきっと耳が細く尖った繊細な金髪美少女とか、ちょっと肌の露出多めの黒髪グラマーなお姉さんとか、生真面目そうな委員長タイプだけど二人きりになるとデレる子とかが俺を待っているの違いない!


 よし、生きる気力が出てきた。頑張るぞ。おー。脳内でサクセスストーリーを紡ぎながら、夕闇の迫る道を歩く俺。そんな俺だったが、知らぬ間にピンチが間近に迫っているとは知る由もなかった。


 バラ色の人生を思い描く俺の前に死神が獰猛な野犬の姿になって現れる。数は2体。犬と言ってもポメラニアンみたいなちびっこい奴じゃない。やたらに馬鹿でかくて、本日のディナーを前にして涎を垂らしながら唸り声をあげていた。しかも、ところどころ毛が剥がれて肉がむき出しになっている。例えるなら有名なホラーシューティングゲームの最初に出てくる例の犬みたいな……。


 俺は立ちすくんだ。将来の大魔導士たる俺も、今はまだレベル1ファイアも唱えられない一般人だ。装備は樫の木の棒と布の服。戦闘力1のゴミ。手にした木の棒を構えてみる。昔、武道をかじっている知り合いがポールウェポンは最強だぜ、リーチもあるしな、と言っていた。

「杖はつええ」


 ひょっとすると武道の心得があればこの棒で犬を倒せるのかもしれない。そして、レベルが上がって、力と素早さが増えてゆくゆくは勇者のパーティに迎えられたりするのかも。だが、残念。俺は魔術師見習い。この棒を振り回して、犬が側によってこないようにするので精一杯だ。その腕も早くも重くなってきた。


 ぱっと飛びついてきた一匹が棒の端を咥える。そして俺の大切な唯一の武器を奪いとってしまった。絶望の涙がこぼれ落ちる。鼻水も垂れてきた。膝はがくがくと震え、包囲の輪を縮める犬たちから走って逃げることもできない。


 こんなことならメーベの村から出なければよかった。俺は村人だったんだ。どんなに疎んじられ虐げられても、地面に頭をこすりつけてあの村に置いてもらうように頼むべきだった。


 犬たちはお互いの位置を確認し合い、どうやら俺のどの部位を頂くか決まったようだ。俺を奪い合って仲間割れするという最後の希望も絶たれた。じりじりと下がり背中が大きな木の幹に当たる。もうダメだ。

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