第2話 アルミ缶の上にある蜜柑

 日が昇るにつれてどんどん熱くなってきた。コートを着ていられず脱いで手に持つが暑い。一体どうなっているんだ? 昨日はあんなに寒かったのに今日はこんなに暑いなんて。さっきバームクーヘン食べてせいでとても喉が渇いている。はあ。はあ。


 だんだん木々の間隔が空いてきて、視界が開けるようになってきたが、それは俺の絶望感を増しただけだった。どこにも人工物が見えない。正確には近代的な人工物といった方がいいだろうか。例えば、先ほどから渇望している自販機とか、コンビニとか、車とか、電柱とか。


 そして、先程から圏外になりっぱなしのスマホ。アンテナが1本立つことも無くついにお亡くなりになった。これで恥を忍んで110番なり119番なりに電話をして哀れな声で助けを呼ぶこともできなくなったわけだ。ははは。本気でまずい。


 一気に疲れが押し寄せてきて、倒木に腰を掛けて休憩をした。紙袋をあさったが洒落たフォトスタンドが出てきただけだった。こんなことならもっとあの自販機で買い込んでおけば良かった。お茶でも炭酸飲料でもミネラルウォーターでもいい。この喉の渇きを癒せるものだったら。


 紙袋に放り込んであった空き缶を取り出して逆さにしてみるが1滴も垂れてこない。まあ、そりゃそうだよな。飲み干してから数時間が経過しているもんな。腕時計を見ると10時を過ぎていた。もう何時間も缶コーヒーしか飲んでない。力なく空き缶を地面の上に置く。


 一体どうしちまったんだろう? ここはどこなんだ? 混乱が頭の中をひっかき回す。そして空き缶を見たときにしょーもない考えが浮かんだ。考えと言うも愚かなその一塊のフレーズが思わず口を突いて出る。

「アルミ缶の上にある蜜柑」


 つやつやとだいだい色に輝き、甘酸っぱい果汁を含んだ蜜柑を思い浮かべる。ああ、ついに幻覚まで見えるようになったらしい。視界が歪んだと思った次の瞬間にはコーヒーの空き缶の上に見事な蜜柑が乗っていた。


 思わず蜜柑に手を伸ばすと俺の指はなぜか固形物にふれた感触を伝えてくる。しっとりとした柔らかなその感触にすがるように幻覚のはずの蜜柑をつかもうとした。すると俺の右手の中には蜜柑がある。確かな重みがまあるい蜜柑の存在を俺に伝えていた。


 ははっ。これはいいや。これは夢なんだ。なんだ心配して損したぜ。食べ慣れない物を披露宴で食ったから悪い夢を見ているんだ。なんだったけ、やたら長い名前の横文字のやつ。まあ、うまいはうまかったけど。きっと目を開ければ、雑然とした俺の部屋のベッドの上で、見慣れた光景が俺を迎えてくれるに違いない。


 まあでもあれだ。夢の中でも喉は乾いているし、折角の見事な蜜柑だ。これ食ってから起きてもいいよな。いそいそと手で蜜柑の皮を剥く。いい香りが鼻を打った。いやー。蜜柑って最高だよね。剥いたらすぐ食べれるんだもん。ナイフとかいらないし。


 ひと房を外して口の中に入れる。噛みしめると甘くて香りのいい果汁があふれ出してきた。いや、この蜜柑マジウマ。夢の中だからかな。今までで最高の味だよ蜜柑ちゃん。俺は次々と口の中に放り込み咀嚼した。ふう。


 手も汚れないし、マジ最高。蜜柑は果物の女王だな。マンゴスチンとかいう聞いたことしかない果物が女王を自称しているらしいけどありえないね。蜜柑様こそ果物の女王。うーん。でもこの清楚な感じは王女って感じ? はい決まり。俺的果物の王女の座は蜜柑ちゃんに決定! おめでとうございます。


 さて、無事に果物の王女の座も決定したことだし、そろそろ起きるか。もしもーし。俺の体さあ、もう起きてもいいんだよ。ね、起きよ。起きても別に可愛い奥さんがスッケスケのネグリジェで隣に寝ていたりすることはないけどさ、いいじゃん。さあ、起きようぜ。


 あれえ。どうしたんだろ。夢だと分かってる夢から覚めるにはどうしたらいいんだ? 可愛い女の子が出てくる夢だと女の子に手を伸ばすあたりで必ず目が覚めるんだがなあ。


 なんとなく、蜜柑の皮と空き缶を紙袋に放り込み立ち上がる。気が付くと髭面のナタみたいなものを持ったおっさんと頭がツルツルの斧みたいなのものを持ったおっさんがすぐ近くに立っていた。


「えーっと、どうも」

 とりあえずなんて言ったらいいか言葉に迷ってそんなことを言ってみた。

「ここはどこですかね? 道に迷っちゃたみたいで。それとも夢の中かなあ、みたいな」


 意味も無く、はははと笑ってみせるが二人はにこりともしない。物騒なものを握ったまま俺を睨みつけると何か言った。しかし、さっぱり意味が分からない。もう一度同じような言葉を言うがやっぱり意味は分からなかった。歩いているうちに日本海渡っちゃったのかな? それともやっぱり夢? やたらリアルなんですけど。


 おっさんの一人がまた何か言い、いらだった様子をみせるといきなりナタを俺の腹に押し当てる。チクリとした感覚が伝わって、おっさん二人が夢の中の住人じゃないことを俺に伝える。そして俺は気を失った。

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