俺だけ使えるユニーク魔法で異世界サバイバル
新巻へもん
第1話 霧を嘆いてもキリがない
「山田! 早く後ろの連中をなんとかしろ! どうせあの連中にはダサさは分かんねーんだからさ」
相変わらず酷い言い草だ。その発言の主である果音が構えた杖を突き出し、幅広の剣を構えた凶悪なツラの怪物の喉を潰す。それと同時に、矢がうなりをあげて飛来して、果音の側をかすめた。
前方には弓矢を構えた同じような怪物が数体。ゲームとかでゴブリンと称される連中だった。接近戦ではかなりの強さを誇る果音だが、一人で数体を相手しつつ、弓を射かけてくる敵の相手をするのは大変そうだ。切り込んできた別のゴブリンの脳天にかかと落としをくらわしているが、なんといってもセーラー服姿の女子高生である。
スカートの中身がこちらからは見えないのが残念至極だ。とか言っている場合じゃない。俺は長さ50センチほどの細かい文様を施された短杖を構え、弓を構えるゴブリンを見据えて、高らかに叫んだ。
***
時は1週間ほど遡る。
「うわ。だっさ。山田、もう完全におっさんじゃん」
解せぬ。大学の同期の結婚式の2次会のこと。煌めくスカイツリーの下にあるオッシャレーなレストラン。俺が酒の酔いもあって、ついついダジャレを言ってしまったところ、久しぶりに再会した同期の集中砲火を浴びた。いいじゃないか、ダジャレの一つぐらい言ったって。いや、一つじゃなかったか。
俺以外の奴らは皆、既婚者か、付き合っている相手がいて幸せな日々を送っている。ちなみに俺に彼女はいない。いたこともない。そして、先月30歳を迎えた。そんな俺にもうちょっと優しくしてくれたっていいじゃないか。くそう。
2次会が終わって、新幹線から乗り継ぎ、某地方都市から30分の駅で電車を降りる。これから徒歩で30分ぐらい歩かなくてはならない。それもこれも免停中だからだ。営業に車で回っているのだが、ちょこちょこと駐車違反を繰り返したせいでこの間、免許停止処分をくらった。
俺の勤め先は車必須の地方都市なのに営業中の駐車場代を出さないケチな会社だ。いちいち駐車場に停めていると金がヤバい。短時間だからいいだろうと路上駐車を繰り返していたら累積でドン。免停になってしまった。
あーだりい。飲みすぎたせいで喉も乾いたし、猛烈に眠いな。お、自販機で缶コーヒーでも買っていくか。クキャ。タブを押し開け一口飲む。暖かい。再び歩き出すとものすごい霧が出てきた。ほとんど触れられるかのような濃厚な霧の中を足元を確かめるように歩く。
どれくらい歩いただろうか。そろそろ交通量の多い国道に差し掛かるはずなんだがな。ん? ていうか、ちっとも車通らないな。いつもなら夜とはいえ数台は通るはずの車が一台も通らない。この霧だから運転控えてんのかねえ。
とっくに飲み終わった缶コーヒーを握りしめながらトボトボと歩き続ける。どっかにゴミ箱ねーかな。それにしてもおかしい。ぜーったいにおかしい。さすがにこの距離歩いているのに国道にぶつからないなんておかしい。どっかで道間違えたか。
しかし、こんなに濃い霧なんて生まれて始めてだな。
「霧を嘆いてもキリがない」
なんちって。ぷふふ。
それにしても風がクソ寒いな。薄っぺらなコートは全く防寒の役に立っていなかった。まったくついてないぜ。ふわわあ。欠伸が出る。ああ、マジ眠い。お、掘っ立て小屋がある。もうなり振り構ってられるか。俺は小屋に潜り込む。風が当たらない分だいぶマシだ。
はっと気づくと俺はコートをかき寄せ、空き缶を握りしめて横になっていた。引き出物の紙袋は放り投げてある。体があちこち固くなっていた。小屋の外に出て見ると外は薄明るくなって霧もすっかり晴れている。
しかし、どこに迷い込んだのだろう。俺は木が生い茂る森の中の粗末な小屋の前にいた。目の前の道は未舗装であちこちに草がはえ、辛うじて道だと分かる程度の代物だった。
まあ、元来た方向に行けば最悪駅に着くだろうと思ってまた疲れた足を引きずるようにして歩き出す。結婚式は土曜日だったのが不幸中の幸いだな。ケチな会社だが一応完全週休二日制なので今日はお休みだ。
式が日曜日だったら遅刻するところだった。さすがに夜歩いていて道に迷いましたと言ったって、バカと言われるのがオチだよな。最悪、もう明日から来なくてもいいよと言われかねない。車に乗れない奴は使いもんにならねーじゃねえか。そうすごんだ営業部長の顔を思い出して胃がキリキリと痛む。
いつまで歩いても左右の木はずっと続いていた。あれ? なんぼなんでも舗装した道路にでていいんじゃねえか。地方とはいえ、それほど辺鄙な場所じゃねーよな。
スマホで現在位置を確認しよう。もっと早くそうしておけば良かったと思いながら、スマホを取り出して驚いた。圏外になっている。おいおい。どれだけ田舎なんだよ。現代でスマホが圏外なんてどこの秘境だよ。ありえねえ。しかもバッテリー残量も少ないと来た。
腹も減ったしそろそろ本当にマズいかもしれない。新聞の記事が脳に浮かぶ。会社員行方不明。霧の中遭難か? 縁起でもねえ。ブルブルと頭を振って妄想を追い出す。
本当に腹減ったな。この重い袋何が入ってるんだ。道端の岩に腰を下ろして中身を確認する。カタログギフトの本。今は役にたたんな。お、バームクーヘンか。口の中の水分もっていかれるけど、四の五の言ってられねえや。包装を開けて中身を取り出しかぶりついた。まあこんなもんか。腹減ってりゃなんでもうまい。
今度は喉が渇いた。自販機無いかな。空き缶捨てられるし新しい飲み物買えるんだけど。重い腰を上げてまた歩きはじめる。革靴が土ぼこりにまみれて白っぽくなっている。うわ靴磨きしなきゃいけないじゃないか。足元を見下ろして心底うんざりした。
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