第7話つり橋(7)
真が純文学同好会に入って数日が経った。
真が入ったことで同好会の設立要件を満たしたので、PCで【純文学同好会】の設立申請を行った。申請は無事に受理され、バカマンモス大学の中に純文学同好会が設立された。
これが純文学研究会設立に向けた、大きな第一歩となるのだ。
同好会での活動としては、当面は真のつり橋効果の研究とやらに付き合うことになった。真を勧誘するときに、同好会内部につり橋効果研究グループを作って良いという条件で誘ったからな。
今のところ会員が俺と明日香と真しかいない訳だし、俺が手伝うしかないだろう。
という事で、俺と真は大学内を駆け巡り、ゲリラ的につり橋効果的イベントを巻き起こしていった。
学内のとあるつり橋を男女のペアが渡っている時に、橋を大きく揺らして緊張感を演出するリアルつり橋効果の実験や、夜道を歩いている男女の前にゾンビの仮装をして登場する、肝試し風つり橋効果の実験など、数十件もの実験をおこなった。
その結果、つり橋効果に関してある一つの仮説がたった。
それは、【不快感のあるドキドキよりも、楽しさのあるドキドキを与えてやったほうが、恋に発展しやすいのではないか】ということだ。実際、少し楽し目なリアルつり橋効果の実験においては3割程度の確率でカップルができたのに対して、怖さが勝る肝試し風つり橋効果の実験ではカップル成立確率が1割にも満たなかった。
そして、その仮設が正しいかどうかが、今日判明する。
今から実施する肝試し風つり橋効果実験でカップルが成立しなかった場合、統計的に優位な差が認められて、この仮説が正しい可能性が高いと主張できるのだ。(実験データは真が処理しているから、詳しくは分からんが)
今は仮装をして、講堂裏手にある道の脇にある茂みに潜んでいるところだ。
既に日は沈んでおり、辺りは真っ暗だ。
街灯の下はかろうじて明るいが、道の外側や街灯と街灯の間には光が届かず、暗闇が広がっている。
この辺りは人通りが少なく、車が通る道路も遠いため音がほとんどない。たまに聞こえるのは虫の声や俺達の息遣いくらい。
いいコンディションだ。
「純一、準備は良いか?」
横にいる真が、真剣な声色で聞いてきた。
表情もキリッとした真面目なものだ。が、顔の横にはボルトが刺さっているため、どこか間抜けな雰囲気がある。(真はフランケンシュタインの仮装をしている)
「バッチリだ。いつでも行けるぜ」
俺も真に合わせて真剣な表情でそう答えた。(俺の顔はゾンビマスクで覆われているため、あまり伝わっていないかもしれない)
そんなやり取りをしていると、第三グラウンドへと向かう道のほうから一組の男女が歩いてきた。
男の方はサッカーボールを持っていて、女の方はペットボトルやタオルなどを持っている。恐らく、サッカーサークルの選手とマネージャーだろう。
二人は仲良さそうに話しており、一見カップルのように見える。
しかし、会話をよく聞くと男のほうが最近別れたみたいな事を言っているので、付き合ってはいないのだろう。
程よく仲が良いものの、まだ付き合ってはいない。つまり、実験に最適なサンプルってことだ。
「よしっ、行くぞ!」
「おう!」
俺と真は掛け声でタイミングを合わせると、前にいるサッカー野郎とマネージャー女に接近し始めた。後ろからそーっと近づくイメージだ。
そして二人が街灯と街灯の間の暗闇に差し掛かった瞬間、実験を開始した。
「ヴォォォォォォォ!!」
「ガァァァァァァ!!」
俺たちは大声を出してサッカー野郎とマネージャー女を威嚇しながら、のっそりとした動きで近づいていった。
すると、
「キャァァァ!」
「うおおおおおおお!」
サッカー野郎とマネージャーの女は悲鳴をあげて、俺達から全力で逃げ始めた。
だが、男の方はサークルでの運動で疲れているのか、動きが鈍い。対照的に女の方は足がめちゃくちゃ速い。物凄い速度で物凄い大きな悲鳴をあげながら逃げていく。
「美香!待ってくれ!」
「イヤァァァ!!」
男が思わず女マネージャーを呼び止めているが、女の方は聞く耳を持っていない。男を置いてひたすら逃げている。
あれは駄目だな。カップルは成立しないだろう。
女のほうが恐怖に対する耐性がなさすぎて、恋とか考える暇がないというのが、最大の原因かもしれない。
つり橋効果は発生していないようだ。
数秒ほどすると、二人とも暗闇に消えて見えなくなった。辺りには静寂と、仮装をした俺達だけが残った。
「あれはカップル不成立っぽいな」
ほぼ確実だとは思うが、一応聞いてみた。
「そうだろうな。よし、これで不快感のあるドキドキは効果が薄いってことが証明することができたな!」
真はそう言うと、二カッと笑ってこちらを見てきた。
その表情は今まで見た中で一番晴れやかなもので、本当につり橋効果が好きなんだなと言うことが伝わってくる。
全く、変なやつである。
だが不思議と、俺もそんな真を見て嬉しくなっていた。
「ありがとな!俺一人ではここまでの成果は得られなかったと思う。純一のおかげだ」
そう言うと、真は手を差し出してきた。
「ああ、良いってことよ。俺もなんやかんや楽しかったぜ!」
俺はその手を取って、力強く握った。
部外者が見れば、こんな事で何を熱くなっているんだと思うかもしれないが、俺は感じたことのない達成感を、そしてそれを真と共有できた喜びを感じていた。つり橋効果にのめり込んでいるうちに、友情が芽生えてしまったのかもしれない。
これも一つの純文学だな。
「純一に好きな女ができたら知らせてくれよな。今回得た知識を活用して、全力でサポートするぜ!」
「ふっ、心強いな。真なら嫌われた状態からでも、巻き返させてくれそうだ」
「任せてくれ!」
と、そんな冗談を言いながら、握っていた手を離して部室に帰ろうとしたその瞬間。
「お前たち!そこで何をしている?」
背後からそんなおっさんの声が聞こえた。
足元をみると、懐中電灯のようなもので照らされている。
まずいな。
恐らく警備員が来たのだろう。
思わず真と顔を見合わせる。
どうするか?
答えは一つだ。
「「逃げるぞ!」」
俺たちはそう言うと、懐中電灯の光を背に逃走を始めた。
そこにはゾンビ特有ののっそりとした動作などない、大きく手を降った全力疾走だ。
「待てっ!」
後ろからはおっさんの声が響く。
ここで待てと言われて、待つやつはいないぜ!
「待てと言われて待つやつがいるか!!」
真も同じことを考えていたらしい、声に出して警備員を挑発していた。
そんな真の姿を横目に、全力疾走で走り続けた。
「アーッハッハッハ!!」
「ワハハハハハハ!!」
走り続けていると、なんだかおかしくなってきて、大爆笑してしまった。
つられて真も笑っている。
走りすぎて脇腹が痛いし、呼吸も全く整っていないのに、笑いを止めることができない。
けらけらと、時には弾けるように笑い続けた。
次第に脇腹の痛さと笑いすぎとで、なぜか涙が出てきた。
それでも、笑うことも走ることもやめられない。
ふと空を見上げると、大きな満月が出ていた。それは涙で大きく滲んでいたけれど、今まで見た中で一番綺麗な月だった。
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