第8話つり橋(8)


 警備員から逃げ切ってから数日が経った。真は一つの仮説が立証できたことでつり橋効果の研究にある程度満足したらしく、今度は俺の好きな純文学の研究を手伝ってくれる事になった。

 嬉しくなった俺は、すぐに夏目漱石や太宰治の名作を貸し与えた。不朽の名作達は、読む用と保存用と布教用に三冊づつ持っているからな。貸し出しても全然問題ないのだ。


 真が名作達を読み終えるのに時間がかかりそうという事なので、それまでは一旦純文学同好会としての活動は休止している。

 2週間あれば読めそうだと言っていたので、それから名作の内容について感想を言い合ったり、作者の意図を議論したりする予定だ。

 そう、ついに俺のやりたかった純文学の研究活動がスタートするのだ。


 とは言っても、あと何日かは暇な時間である。

 というわけで、俺は部屋でゴロゴロしていた。

 今日は土曜日で講義もない。

 思えば、入学式から今までかなりエキサイティングな日々が続いていたので、ここらで一度休むのもいいだろう。

 今日は一日だらけると決めたぜ。


 ジュースを飲みながら購読している純文学の雑誌を読み、目が疲れたらソファーでゴロゴロとする。

 まさに理想の休日である。

 まぁ、高校まではほぼ毎週末こんな生活をしていたわけだが。


【ファーン】


 と、そんなだらけた暮らしをしていると、スマホに着信があった。

 見ると、明日香からラインでメッセージが届いている。


<明日香>

「やっほ〜!今日暇してる?してるよね?という事で、飲みに行こ〜!場所はココ→ https://○○○○○○○○○○○/」


 ふむ。飲みの誘いか。

 一日中引きこもっているというのも芸がないし、ここは乗っておくか。


<純一>

「了解。何時集合?」

<明日香>

「七時で」

<純一>

「おーけー」


 今が六時だから、集合時間まであと1時間しかないな。

 明日香が指定した場所は家から徒歩15分くらいのところだ。が、行ったことがない店だし、20分前には家を出ておきたいところ。

 となると、


「準備するか」


 そろそろ準備しないと間に合わないだろう。


 俺はシャワー浴びるため、浴室に足を向けた。




===============================




「暴れ狐と濡れ柳・・・独特な店名だな」


 時刻は6時55分。

 俺は明日香が指定した居酒屋の前に到着していた。バカマンモス大学北北西駅近くにある店で、商店街通りの中央辺りを少し裏道に入った場所にあった。

 かなり分かりにくい場所にあるので、スマホのナビがないと見逃していたかもしれない。


 まぁ店の外観がかなり特徴的だから、裏道にさえ入る事ができれば一瞬で見つけられるんだけどね。

 なにせ、店の前には大きな柳の木があって、それが道の半分を塞いでいる。そして、雨でもないのに何故か葉っぱが濡れていて、時折ポタポタとしずくが落ちてくる。

 これが店名の由来になった濡れ柳というやつなんだろう。

 となればもう片方の暴れ狐が気になるところだが、今の所それらしいものは見当たらない。

 ・・店内に入ったら狐が暴れているとか嫌だぞ。

 雑菌とか寄生虫とかが怖すぎる。

 まぁ、流石に飲食店でそんな店はないと思うが。


「お待たせ〜!ごめんね、待った?」


 俺が店名の由来に想像を巡らせていると、商店街の方からハイトーンボイスが聞こえてきた。

 声のする方を見ると、ロングスカートを履いて薄めのカーディガンを羽織る少し大人っぽい格好をした子が居た。

 明日香だ。

 今日は珍しく落ち着いた格好をしてるな。


「大丈夫、今来たとこだ。そのコーデイネート、珍しいな」


 格好が気になったので、早速聞いてみることにした。


「今日は株関係のサークルを見学しに行ってたからね〜。一応、大人っぽい感じのが良いかと思って。まぁいらない配慮だったみたいだけど。ジャージの子とかいたし」


「そうなのか?」


 意外だな。

 株運用してる人って、落ち着いた人が多いイメージだったが。


「株やってる人には二種類いるんだよ。メジャーなのは、配当や長期的な値動きで利益を狙う人ね。このタイプは大人で落ち着いた感じな人が多いんだ。でも一方で、一日の間に売り買いしてパチンコ感覚で株やってる人も居てね。こっちはガキっぽい人が多い。今日行ったサークルはこっちの人ばっかりだったね。ミスったミスった」


 明日香は一通り説明すると、腰に手を当てて少し長めのため息をついた。


 どうやら、今日行ったところは期待していた様なサークルじゃ無かったみたいだ。


「パチンコ感覚でやる人ばかりだったのか。そりゃ災難だったな」


 そっち系のサークルだと、本気で資産運用してる明日香は反りが合わなそうだよな。


「そうなんだよ〜。って、ごめん話し込んじゃった。こういう話はお店入ってしよう!予約時間来ちゃってるし」


 明日香は両手を合わせて軽く謝ると、店の扉に手をかけてお店の中に入っていった。

 続いて俺も中に入る。


「いらっしゃいませ!」

「予約してた西園寺ですけど」

「え〜っと、はい!お待ちしてました。こちらへどうぞ!」


 中に入ると、可愛い店員さんが元気な声で接客してくれた。

 良いね。居酒屋の店員は元気があるのが一番だ。

 最も、むさ苦しい男の店員が元気いっぱいで声でかい奴だと、イラッとしてしまうが。


「こちらへどうぞ!」


 元気な店員さんが席まで案内してくれた。

 案内されたのは個室で、落ち着いた雰囲気があるところだ。味のある木の机が間接照明で照らされていて、どことなくおしゃれな感じもする。


 店名の暴れ狐の要素を警戒していたが、まだ出てきてないな。ココだけ見ると、普通に雰囲気のいい居酒屋って感じだ。


「お飲み物は何になさいますか〜?」


 荷物を置いて腰を落ち着けたタイミングで、店員さんがドリンクの注文を聞いてきた。


「俺は金色の飲み物で」

「私も〜」


 ちなみに金色の飲み物は高校卒業したタイミングくらいから、明日香と一緒に飲み始めた。

 年齢制限があるとか無いとか噂されるこの金色のやつだが、大学生になると絶対飲まされると聞いたので、練習することにしたのだ。そして、俺も明日香も味が気に入ってしまったため、2日に1度くらいの頻度で飲んでいる。


「はい、承知しました!それでは少々お待ち下さい!」


 そう言うと、店員さんは扉を閉めてトテトテと小走りで去っていった。

 ほんとに、元気な人だ。


「結構雰囲気のいい店だな。店名が独特だから警戒してたんだけど」


 俺はメニューを開いて何を食べようかと考えながら、率直な感想を言った。


「店名ね〜。濡れ柳ってのは店の前にあるアレなんだけど」


「それは流石に分かったぞ。暴れ狐の方はさっぱりだけど」


 店内にはそれらしいもの無かったし。

 メニューをざっと見ているが、狐要素はどこにも見当たらない。


 すると、暴れ狐の由来を探している俺が面白かったのか、明日香がニヤニヤとこちらを見てきた。

 こいつ。

 ひょっとして、由来知っているな?


 教えてもらうのも悔しいし、少し考えてみるか。

 暴れ狐だろ?暴れる狐って言うと・・・九尾、忍、いやこれは違うか。


 うーん、分からん。


「暴れ狐ってのはなんなんだ?」


 このまま探していても見つかりそうにないと判断した俺は、素直に聞くことにした。


「暴れ狐ってのは、ここの店長さんが昔入ってたレディースチームの名前なのよ」


「チーム名だったのかよ!」


 予想外だ!

 でも確かに、レディースチームの名前って考えると、なんかしっくりくる気がする。

 何でだ?って言われると困るんだが。


「お待たせしました!金色二丁です」


 店名についている間に、飲み物が到着した。

 ジョッキに注がれた金色の飲み物は、シュワシュワと音を点ててこちらを誘ってくる。

 早く飲みたい!


 だが、食事の注文が先だな。

 ってことで、俺と明日香でそれぞれ食べたいものを少し多めに注文した(シェア用だ)。


「それじゃ、入学おめでとう!乾杯!」

「フフッ、もうそれ七回目だけどね。乾杯!」


 というわけで、最近定番となっている入学祝いの乾杯を交わして、飲み会がスタートした。

 割とのどが渇いていたので、一口目からゴクゴク飲んでいった。

 お店で出てくる金色の飲み物の喉越しはやはり格別で、ついつい飲みすぎてしまうな。

 一口目で3割近くの量が無くなってしまった。


「そいえば、最近大学内で変な都市伝説が流れてるんだけど、あれ純一が関係してたりしない?」


 明日香はビールを一口飲むと(こちらは一割程度しか減っていない)、そんな事を聞いてきた。

 都市伝説ってなんだよ。

 全く身に覚えがない。


 高校時代に色々やっていたからか、明日香は周りで事件が起きるとすぐ俺とリンクして考える癖があるからなー。

 まったく、困ったものだ。


「多分違うと思うぞ。ちなみにどんな伝説があるんだ?」


 俺は9割9分関係ないとは思いつつ、都市伝説の噂を深掘りしてみた。


「えっとね〜。有名どころだと、通行中に激しく揺れ始めるつり橋とか」


「ほうほう」


 なるほど。


「あとは、突如現れるフランケンシュタインwithゾンビとか」


「ほうほう」


 なるほどなるほど。


 ・・・って、完全に俺と真のことじゃねえか!!

 まじかよ?

 え、都市伝説になっちゃってるの?


 確かに、割と衝撃的な出来事であるかもしれんが、情熱あふれる大学生達だぜ。

 もっとショッキングな出来事くらい、周りで起こっているだろうに。


「その顔、やっぱり純一が絡んでたんだね〜」


 自分が都市伝説になったことに衝撃を受けていると、明日香がからかうようにそう言ってきた。

 くそっ、当たっているだけに反論できない。


「いや、俺っていうか・・ほぼ真の案なんだけどな」


 テンパった俺は、何故か真に罪を押し付けてしまった。

 すまんな真。


「真くんって、純文学同好会に入ってくれた子?」


「そうそう!俺はヤツの実験につきあわされた、1人の被害者に過ぎないのさ」


 こうなればもう真を悪者にしていくしか無いな。

 すまん真。

 今度飯奢るから。


「そうなんだ〜。真くんって、私会ったこと無いんだよね。同じ同好会員なのに」


 ビールをクピクピと飲みながら、少し不満げにそう言ってくる明日香。(どうでもいい情報だが、不満げに膨らませた頬がハムスターみたいに見えて少し可愛い)


「悪い悪い。いずれ紹介するから・・ってか、言葉は交わしてないけど、明日香は見たことあると思うぞ」


「え、いつ?」


「入学式の日。通学する時に、カエルを投げながら女子を追いかけてるピンク髪の男いただろ?あいつだよ」


「えー!!あの時の激ヤバ男!?」


 あの日の光景を思い出したのか、明日香が手を口に当てて驚愕した。

 ってか、激ヤバ男って。

 まぁ明日香からすると、そんな認識か。

 あの日、真がやったことと言ったら①ヘラクロスと大声で叫ぶ②満開の桜を散らそうとする③女子に向かってカエルを投げつけ追いかけ回す、だもんな。

 確かに激ヤバかもしれん。


「でも、話してみると普通にいいヤツだったぞ。常識も思ったよりはあるし」


 真は友だちになったし、良いやつだ。あまり明日香に悪いイメージを持ってほしくない。

 俺は慌てて真のフォローをした。


「そうなんだ。うーん、純一が言うならそうなのかもね」


 俺のフォローが通じたのか、明日香は少し難しい顔をしながらも認識を軟化させてくれたようだ。

 良かったな、真よ。


「あ!あのピンク髪の子が真くんなら、今日会ったかもしれない!」


「え?そうなのか?」


 初耳だな。

 まだ真には明日香の特徴すら伝えて無かったはずだが。


「会ったと言っても、偶然通りすがっただけなんだけどね。第四食堂の前のつり橋渡っている時に、観光客の子供達が橋をハチャメチャに揺らしちゃってね。橋の中腹で座り込んでやり過ごしたの。その時に一緒に座り込んでた人の1人がたぶん真くん。髪の毛ピンクだったし」


「あいつ、子供につり橋揺らされちゃったのか」


 自業自得にも程がある。

 因果応報とも言う。

 まぁあんまり言うと、俺にも巡ってきそうで怖いのでやめておこう。


「ってことは、別に言葉を交わしたわけじゃないのか?」


「まぁそうだね。少ししたら子供達の親がやってきて止めに入ったから、すぐに揺れも収まったし。ほんとに一目見ただけって感じ」


「なるほど」


 なら、真の方は明日香を認識して無さそうだな。

 もし少し面識があるなら、紹介する時に楽そうだと思ったんだが。


「お、純一飲み物無くなったね。何か飲む?」


 俺のグラスが殻になったのを目ざとく見つけた明日香が、ドリンクメニューを渡してくれた。

 気が利くね。


「そうだな。次も金色の飲み物か・・・いや、カクテルとかっていうおしゃれ飲み物に挑戦してみようかな」


「お!良いね!ナイスだね!オシャンティーだね!私もカクテルいってみたい!」


「オーケー!じゃあ適当に・・俺はこのスピ、スピリット?いやスピリタスかな?コレにしてみるぜ!」


「じゃあ私もそれで!すいませーん、店員さん!」


 そんなこんなで、俺と明日香は二人でカクテルに挑戦してみることにした。


 ・・・

 だが、俺が覚えているのはココまでである。


 気がついたら、俺は明日香と共に家の床に倒れていた。


 俺たちには、カクテルはまだ早かったようだ。

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