『人生 』 【第1回 #匿名短編コンテスト・始まり編参加作品】
筆屋 敬介
『人生 』
振り返れば、私の人生――思い出の始まりは小学生くらいからだった。
人生の始まりがどこからかというのは、様々な見方があるだろう。私は、自身が思い返されるところからが、始まりだと考える。
お袋に命じられるまま、よい学校に入学するためにと必死に勉強した記憶。それ以前は思い出せないほどだ。
幼いながらも頑張った中学受験は、残念ながら落ちてしまった。試験当日に体調を崩したのだ。
それが運が良かったのか悪かったのかは、今となってはわからない。
公立の中学に入った私は、これまで以上に必死に勉強した。ひたすら中学受験の悔しさをバネにして頑張った。
その甲斐あってか、身の丈以上の進学校に入学できたのは、運の良さもあったのだろう。
高校でも、周囲はガールフレンドを作りスポーツにいそしむ中、よい大学に入ろうと頑張った。
超一流のエリート大学には入れなかったが、そこそこの所に収まることはできた。
幼馴染は野球のセンスがあったらしい。運よくプロのチームにスカウトされて遠く離れていった。
大学での友人は実家の農業を継いだ。
まあ、その後、教師になったり、会社員になったりと、これが波乱万丈の一歩めだったのだと、今になればわかる。人生とはわからないものだ。
私といえば、大手の商社に入り、そこで妻と出逢った。私の隣で一緒に人生を歩むことになる、まさに生涯の伴侶を見つけることができた。運命に感謝だ。
海外でコーヒーの買い付けをするなどアチコチ飛び回っているうちに、2男1女の子供たちに恵まれた。
なかなか出来のよい子供たちで、家族仲も良く、順調にそれぞれの人生を歩んでいる。これも運がよかったのだろう。
彼らの収入もそこそこのようだ。皆、私の老後は心配しなくてもよい、と言ってくれている。
生まれて65年。会社に入って、およそ40年。
とにかく頑張った。運が味方してくれる時もあれば、見放された時もある。
思い返せば、私の持っている運というものは、ソコソコ良いものだったのだろう。
色々あったが、こうやって部下たちが祝いの席を設けてくれる位には上手くやってこれた。
家に帰れば、妻や子供たちがパーティの準備をして待っているそうだ。
あとはどんな老後を生き、人生の幕をいかに下すかだ。
「部長、部長。定年退職の宴で気持ちよいからって、そんな体勢で寝ていると変な夢を見ますよ。起きてください。主役なのに困ったなあ」
部下の一人が私の肩を揺するが、ひたすら眠かった私はそのまま意識が遠のいてしま……。
※
「あー! 2かよ!! 惜っしいなあ! これで何回目だ?」
「うひゃひゃ! そうは問屋が卸さないってな!」
そいつは緑色の車の形をしたチープな物体を摘まみ上げると、馬鹿笑いをした。
俺は同じく青色のそれを摘まみ上げると、ポイと端に放り投げた。
「やってらんねえなぁ!」
「ははは、そう腐るな。私なぞ子供が一人も居ないのだぞ」
別のヤツが、白い軸を摘まむと勢いよくねじった。
チュイーーーンと気持ちの良い音がしてカラフルな盤面が回転し、しばらくして止まった。
「やあ、しまった。5だ」
「ヒャヒャヒャ! おめえも同じじゃねーかよ!」
馬鹿笑いする緑色の車の持ち主。
俺は放り投げた車を拾い上げると、その先頭に刺さった青色のピン1本を残して、それ以外を雑に抜き取った。
「ったく、子供が居ると抜くのがめんどくせーな」
「プロ選手になっても嫁も来なくて、ケガして借金だらけの俺よりかマシじゃねーかよー」
「進学コースに進んだ時は今度こそって思ったんだけどな」
「ははは。私も波瀾万丈ルートで、最後に賭けたのだがな」
「それにしても、この『1以外は、“ふりだし”に戻る』って最後のコマ、厳しくないか?」
「おめーの運が良くないだけじゃねーか。いいじゃねーの。所詮、こんなもん
『人生 』 【第1回 #匿名短編コンテスト・始まり編参加作品】 筆屋 敬介 @fudeyaksk
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます