小さなフクロウから学んだ小さなこと

道透

第1話

 将来は医者になれというのが医者である僕の両親の願いだった。でも、僕は違った。人の意見に耳をかすのも悪くない。同時に従いたくはない。一般的に言う医者とは人の命助ける人たちの職業だ。でも僕は野生鳥獣救護ドクターになりたかった。怪我をしている野生の動物の命を助ける。ペットはいつだって見方がいるけど、野生の動物は自由と危険が共存している。僕はそんな動物たちの救える命に手を貸したい。

 僕の両親は理解してくれない。反対され続けることが苦痛だ。そんな地位や財産を気にして生きることがいつの間にか自分の中で敏感になっていた。

 暗くなりつつある寒空の下、僕は家族のいる家をこっそりと足音を忍ばせる忍者のごとく出て行った。軽い鞄一つを背負って光に囲まれて歩く。

 僕はずっと空を眺めていた。もしいつか空を飛べる日がきたならば空にどんな形を描くだろうか。想像と妄想が頭の中に広がる。

 青空という名の海に泳ぐがごとし僕は舞う。空は自由で無限なんだろう。しかし、人が空を飛べるわけがない。人は跳ぶことは出来ても飛べはしない。誰の目にも止まらないような心地よい場所が欲しい。都会の中心に住む僕は正直、こんな電機が飛び交う世界に目がくらみそうだ。キラキラしているのにどこか歪んだ世界。作られたこの世界で人は歪んだ思考を当たり前に飲み込んでいく。

 僕はそんな世界が生きずらい。しかし、進化した僕たちの生活は今更電位なしの江戸時代や狩りをする縄文時代には戻れない。頼ることを覚えてしまったのだ。

 森の奥深くに入ることでそんな世界は一時的に僕の中からは消え去る。静かな空気が僕を包み込む。望遠鏡を持っていくのも良いかもしれない。夜になると、街灯や建物から発する光のない暗闇の中に幾つもの星が輝く。溢れんばかりの感動に浸れることだろう。そのまま別の世界にさえ行けそうだ。

 森の中に入ると僕はいつしか歩くことが楽しくなっていた。しかし、不気味なことに幾度か肝を冷やす瞬間もある。鳥の羽の音は人気のないこの森で聞くとやけに不気味である。リスが茂みに走るだけで、熊が人の血の匂いを嗅ぎつけてきたかと肩に力が入る。

 そんな不安も抱きながら森の中を突き進んでいく。しばらく所々ぬかるんだ道を、石橋を百回叩く要領で少しずつ進んでいく。夏はこの辺りに大量の虫が飛んでいてかなわない。生憎、僕はカブトムシやクワガタに喜ぶような少年ではなかった。

 小学生に入学して間もなあいことだった。教室前にあるゴーヤの苗を植えるというプランターの中の土に手を突っ込むと、そこにはゴミ捨て場に集るハエを想像させるほどの動き回るいろんな虫の幼虫がいた。それ以降、必ず僕の苦手なものランキングには『虫』が一位を独占している。しかしもう少年という年でもない。だからあからさまにビビりたくない。嫌いなのは事実なのだから変えようがない。克服しようなんざ思わない。

 葉を散らせた木の枝の間からは月の明かりが淡く漏れる。それでも突き進む道は真っ暗で行く先の様子なんて見えやしない。でも、今は懐中電灯を使わない。虫が寄ってきてはたまらない。

 道が開けたのは二十分ほどしてからだった。足元に自然の芝は生えていて小さな池が広がる。草木があこの池に生かされているようだった。透き通っていて綺麗な池とは言い難い。でも一つの芸術品が作成者とその感性、評価者がいて成り立つように、この空間にあるものが僕を魅了させるのも全てが揃ってこそであろう。一体ここをどのくらいの人が知っているのだろうか。

 僕はその場に座る。鞄から取り出したおにぎりを頬張りながら夜空に浮かぶ星座を探す。きっと星座はいっぱいあるのだろう。でも俺にはオリオン座しか分からなかった。

 そんな無知な僕を笑いに来たかのように一羽の鳥が僕の傍らにとまった。街灯や建物から発する光がないからどんな鳥が来ても、一瞬カラスかと思ってしまう。でも違うと分かるのは、何度も見る同じ光景が頭にインプットされているからだ。

「フクか」

 僕が地面と平行に手を伸ばすとフクは茶色の羽をバタつかせて、僕の腕に片足でとまった。

 フクは二年前にあった野生のコキンメフクロウである。茶色く小柄なフクロウだ。

 僕がここに来ると、親におやつを求めに来る子供のようにやってくる。ここに足を運んだ日からなつかれている。野生とは思えない。

「お前はもうご飯、食べてきたのか?」

 返事は返ってこなかった。フクは器用に俺の上で歩き回る。ちょろちょろ動き回ると羽を広げて池の上を飛び回る。羽を起用に使っている。

 飛ぶ様子を見ると元気なことが伝わってくる。

 何だかフクを見ていると羨ましく思う。自由に飛び回れる喜びを知っているのかもしれない。

 出会った時、フクは木の下に落ちていたのだ。まだ、雛だったフクは満足に飛べずにいた。近くに親も兄弟もいないようだった。置き去りにでもされたのだろう。

 僕はそんなフクを木の上に立たせてあげた。しかし、落ちた。本当に下手だった。でも、木に乗せると何度も飛ぼうと羽を広げていた。失敗すると必ず目が合う。僕も無責任に助けたくなかった。でも何度も頑張ろうとする小さなフクロウの姿に打たれるようにして手伝ってやった。

 ひとりぼっちだった僕にはその姿が新鮮に見えたのだ。まだ小さいこのフクロウが飛ぼうとしている。

 何度もこの森に通い続けた。行くたびに、タヌキやキツネに食べられていないかと心配になっていた。でも数日でようやく飛べるようになっていた。安心したころには完全に僕たちは仲良くなってしまっていた。

 あの頃に比べれば格段に上手に飛ぶようになった。それにどんどんと成長していく。僕は心が通っていると思っているけど、フクはいつか僕のもとに来なくなってしまうように思えた。

 僕はおにぎりを食べながら、闇に溶け込んで飛ぶフクの姿を目を凝らして見つめる。

「フク!」

 僕は無意識にフクの名前を呼んだ。初めてしたことだ。自分でも何でフクを呼んだのか分からない。でも、一瞬寂しく感じたのだ。

 フクは僕の方に飛んできた。手を地面と平行に伸ばすとフクは僕の方を向いて片足でとまった。

「言葉分かるのか?」

 でも、フクからは返事は返ってこなかった。

「賢いんだな、フクは」

 何もおかしくないのに口元が緩む。フクは魔術師だったか? 心が温かくなる。フクは片足立ちでもう一方の足と片翼を斜め下に伸ばす。

 僕は出来るだけ腕を斜めにしないように立ち上がった。手の甲で頭を撫でてやると頭を擦ってくる。甘えるのは昔から上手だったな。

 僕はフクと初めて出会った所に向かった。フクはとまり心地が悪かったのか時々飛ぶが、それでも離れずに俺のそばにいた。

「フク」

 フクは自分の名前をちゃんと認識している。

 懐かしい木の枝にフクを寄せるとフクは枝に乗り、じっとする。飛ぼうとはしなかった。でも、名前を呼ぶと必ず僕の腕にとまる。

「フクはいいな、自由で」

 そう言った刹那にこの木から小さなフクロウが落ちる様子が頭によぎった。二年前の必死に飛ぼうとするフクの姿だった。

 自分の言った言葉が軽率だったことに気づく。フクは何も初めから自由ではなかった。何度もこの木から落ちて、広い空を飛ぶ自由をつかんだ。それに、野生の動物にとって自由は危険と隣り合わせなことぐらい知っていたはずだった。

 ――甘えだ。

 愕然とした。ここに来ていたのも自分が逃げていたからなのではないのか。フクを理由に来てはいたがフクはもう野生として生きるべきだ。僕が気をかけるべきではない。それがペットなら話は別だ。でもフクはペットではない。

「僕は両親に夢を反対されたからって解決もしない方に逃げていたのか……」

 フクは俺の腕が不安定に感じたのか、また飛び出した。

 僕は何の努力もなしに夢を叶えようとしていた。フクは見抜いていたのか? だとしたら本当に魔法でも使えるのか。

 何だか気の抜けた自分が暗い森の中に立ち尽くしていた。

「フク、僕帰るよ」

 フクは僕の所には戻って来なかった。さっきまでは呼べばパートナーのごとく飛んできたのに。やっぱり魔術師ではないらしい。

「しばらくは来ないかもな」

 置きっぱなしだった鞄を背負ってフクの飛ぶ姿を出来るだけ鮮明に思い起こした。力強く、まっすぐで器用なフクは頑張って、熱血に日々精進したフク自身が作り上げたものなのだ。

 僕は暗い森の中を懐中電灯の光で照らしながら抜けて帰った。

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