第14話
「……何ていうか、ここまでならいい話じゃない」
宮下が天井の明かりを見ながらボソッと呟く。上を見ているせいか表情は見えないし、どんな表情をしているのか俺にはわからない。
話を一旦切ってテーブルの上に置いてあるコップを持ち口をつける。
苦い……あの時と何も変わらない俺の舌とブラックコーヒーの味、あれから何年かたった今、俺はどれくらい成長してきたのだろう。
妹に顔向けできるくらいにはなっているだろうか?
いや、俺は何も成長してない。あの最低な頃の俺のままで変わってなんかいない。
だから、妹は最後に……
【お兄ちゃんはきっと幸せになんてなれないし、誰も幸せにできない】
なんて言ったのだろう。
そう思いながら、ふと窓の外を見ると完全に日が落ちて暗くなっていた。
「ん?もうこんな時間か」
時計を見ながら宮下はそういった。確かにスマホの時刻を見ると十九時半を指していた。
少し話し込んでしまった。
そう思っていると部屋のドアが開き彼女が戻ってきた。
「ごめんなさい。母があそこまで馬鹿だったなんて」
疲れ切ったような表情を浮かべて彼女はテーブルの前に座った。
アハハと笑いながら宮下は疲れ切ったような表情をしている彼女の肩を叩きながらお疲れと言った。
彼女は彼女で、何かが面白かったのか宮下と同じように笑い声を上げていた。
その光景を見ながら俺はどうしようもなく妹の言葉が浮かび上がってしまっていた。
……幸せになんてなれない。
「……どうしたの?」
黙って下を向いていた俺を心配したのだろうか?彼女は声をかけてきた。
すぐに顔を上げて心配しなくていいと言う。
けれど表情に滲み出ていたのだろう。彼女は暗い顔をしている俺の手を握ってきた。
「……何だよ、この手は?」
「落ち込んだとき、悲しいとき、そんな時に母がやってくれたことよ。こうやって手を握られると安心したから、あなたにもそうしてあげようと思っただけ」
確かに手から伝わってくる彼女の体温、それに呼応する様に先程までの不安が何処か薄れていく。
けれどその事が同仕様もなく許せないと思ってしまった。
「やめろ!」
怒鳴り声とともに握られた手を振り解く。
驚いたような表情を見せる宮下と少し悲しげにこちらを見つめてくる彼女、そして昔のことをいつまでも引きずって忘れられない俺がそこにはいた。
「……悪い。もう遅いから帰るわ」
手早く机に置いてある自分の荷物を鞄に詰めて立ち上がり、鞄を持ち上げて肩にかける。
少し急ぐように歩き、部屋のドアノブを回して彼女の部屋から出ようとする。しかし、ドアノブを回して開けるとそこには彼女の母が先程の服装のままエプロンをつけて立っていた。
「あら、もしかして今から帰るところ?」
「……お世話になりました」
そう呟いて彼女の母親の横を通り抜ける。
しかし、彼女の母親はそれを許してはくれず肩を掴んで俺を止めた。
「ご飯食べていかないかしら?」
「……いえ、もう遅いので家に帰らないと」
「そう?なら……あの子に近くまで送らせるわね」
そう言って母親は彼女の方を向き目配せをする。
何とか断ろうとしたが、彼女の母親は強情で俺の話に一切聞く耳持たなかった。こういう所、本当に彼女に似ている。と言うか、彼女が母親に似たのだろう。まさに血は争えないとはこのことだ。
そして結局俺が折れたのである。
「……じゃあ、近くまで送ってくるわね」
彼女がそう言って玄関のドアを開ける。それに続くように俺も一礼してから玄関のドアを潜った。
後ろから、また来てねという言葉が聞こえて振り返ると母親が笑顔で手を振っていた。
俺と彼女が出ていった後、見送るために玄関まで来ていた宮下と彼女の母親がそこにいた。
宮下も俺と同じように母親からご飯の誘いをさせれており、それに対して承諾していた。宮下らしいと言えばらしいのだろう。
見送っている際に彼女の母親はポツリと、とある事を呟いた。
「あの子が同年代の子といるなんて久しぶりに見た気がするわね」
優しい笑みを浮かべてドアが閉まるまで彼女を見送る姿に宮下も自然と彼女の後ろ姿を見ていた。その時宮下はある事に疑問を持った。
「……久しぶりって同年代の子と一緒にいるのっていつぐらい前なんですか?」
「同年代の子とその子の妹ちゃんと一緒にいたときが最後だから……五、六年前の話かな?私がパン屋で働いてるときだしね」
それって中学一年ぐらいの時じゃんかと思いながら彼女に呆れたような感情を持った宮下は、ハハハと乾いた笑いを声をあげた。
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