第13話
「苦い……」
女性に、今までの事を伝えた。そして、伝え終わると同時に俺は、渡された紙コップに入っているコーヒーを口に含んだ。
「あ、ゴメン!流石にブラックは、早かったか」
貰っておいて文句は言えない。
それに、このときの俺はこのブラックコーヒーの苦さが緊張と、気恥ずかしさを和らげてくれていた。
「……ねぇ、君はこれからどうしたい?妹さんのこともだけど、君はどうするの?」
女性も、持っていた紙コップを口に近づけて一口だけ飲み込む。
質問してから、目をこちらに向けていない。緊張をしているのだと、こちらにも伝わってきた。
「……俺は。」
そこで一旦、話をきって下を向いていた顔を上げた。
日が傾き、夕暮れを告げるように太陽は赤くなり、辺りは暗くなり始めていた。
ふと、目に入ったのは……手を繋ぎ歩いている兄妹だった。
笑顔で妹らしき子が、兄にずっと話しかけている。
普通の光景のはずが、俺にはとても羨ましく思えた。
「俺は……妹ときちんと話をしたい。明日、妹がいなくなったとしても!後悔しないように……思い残しがないように」
失いたくない……大切な唯一の妹を。
けれど、俺にはどうすることもできない。俺は、医者でもなければ医療の知識なんてゼロだ。
それでも、俺には本当に妹にしてやれることはないのだろうか?。
「……怖いよね?うん、その気持ちだけはわかるよ。大切な人を失う恐怖、そして亡くしたときの喪失感を考えたら逃げたくなる。」
どこか、懐かしむように女性は口を開く。
「……ねぇ、君が怖いのはどっち?失うこと、それとも喪失感?私はね……失ったあとの喪失感のほうが怖かったよ。」
女性の目にも、涙が溜まっていた。
この女性に妹の話をしてしまったのは、何故だろう。
そう、考えていた答えが見つかった。この女性は、俺と同じだ。
知っているのだ。……大切な人を失う苦痛を、それがどれだけ怖いかを。
「俺は……俺が怖いのは。」
俺が怖かったものは、女性が言っていた喪失感とか、失うことじゃない!
勿論、怖くないわけじゃない!
けど、それ以上に怖いものがあった!
失うとか、喪失感とか、そういう前の、もっと前の根本的で当たり前で、ごく普通な……。
「妹の笑顔が……見れないまま終わるほうがよっぽど怖いよ!」
「じゃあ、しなくちゃいけない事はわかるよね?」
わかる。
「もう、裏切っちゃ駄目よ?」
わかってる。
「……なら、行きなさい。君がしたい事を、するために。」
「……ありがとうございます!」
ベンチから立ち上がり、女性の前に立ちお辞儀をする。
顔を上げて、女性にもう大丈夫と心配をかけないと言う意味でニカッと笑顔を見せた。
最後に背中を女性に押されて俺は歩き出した。
「そうだ、私の名前は冴島千秋!今度また、パン屋に寄ってね。」
「はい!」
冴島さんが手を振って、俺の見送ってくれた。
それが、凄く力になって俺に進む勇気をくれる。
エレベーターに乗って、上の階に行く。エレベーターを出て、右の通路に進む。端から3番目の部屋の前に立った。
扉を開けるためのノブを掴むと緊張でつばを飲み込む。
怖い。
妹になんて言えば良いのかわからない。
けど、ここで逃げたくない。妹と話をしたい。
「……入るぞ」
「……!?」
扉を開けて、中に入ると妹だけが部屋にいて涙を流しながらこちらを見つめていた。
「……お兄ちゃん?お兄ちゃん!!」
ゆっくり妹に近づく。
心配と驚きを見せていた妹は、状況を理解したのか目元の涙を服の袖で拭き取る。
俺は、その間に妹のベッドの横に置いてある椅子に座る。
「何で?戻ってきたの」
涙を拭き終えた妹は、そっぽを向いてこちらに顔を向けてくれない。
当たり前だ。あんな酷いことをしておいて妹の顔を拝もうなんて……虫が良すぎる話だ。
でも、言わなきゃいけないことがある。例え、嫌われていたとしても……妹に言わなきゃいけない。
フゥーと息を吐き、緊張を和らげる。
決心はついた。いや、冴島さんと話した時点でついてた。だから後はそれを言葉にするだけだ。
「……すまなかった。」
「……何が」
「怖くて逃げ出したことと……お前から逃げていたこと」
沈黙が続く。淡々と流れていく時間はいつしか止まったような感覚となりその中に俺達二人だけが取り残されるような居辛い雰囲気が部屋の中に流れている。
「……私は、私は!!そんな事を謝ってほしいんじゃない!私は……謝ってほしいんじゃないんだよ。」
歯を食いしばって大声で妹は叫ぶ。
涙声が段々と声を支配して、涙が再び妹の頬を濡らす。
悲しかったと寂しかったと伝えたくて、でも伝えたい言葉が出てこない妹を見ながら俺のしてきた事がいかに愚かで最低な行為だったのかを痛感させられる。
「謝ってほしいんじゃない、ただ……私は」
もう、言葉に出さずともわかる。
家族だから、肉親だから同じ血が流れているからわかる。いやそんなの関係ない。
ただ、妹が俺の妹だからわかる。
「……ただいま」
そう言って妹を抱きしめた。力いっぱい、今までの全部を伝えるように俺にできることはこれだけだから。
「お…カエリ…ナザイ!」
妹も力いっぱい抱きしめてくる。泣きながらもう離さないと言いたげに何度も何度も顔を胸に押し当てて。
それから何十分か、ある病院の一室から男女の泣いた声が聞こえてきていた。
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