第10話
どうして空は青いのだろう。そんなことを考えたことはないだろうか?俺はある。何だったら、今そう考えている。
「はい!それでは、この班で修学旅行を過ごしたいと思います。」
女教師が手を叩く、その音につられて視線を空から黒板の方に戻す。けれど、決して目の前にいる人物には目線を向けない。
この高校では、三年の秋ごろに修学旅行にいく。少し遅い気もするのが。
しかし、今はそんなことはどっちでもいい。班決めのことの方が先決だ。けれど、まぁ、こうなるなと思っていた。
「……」
「……」
「……」
班の誰一人として話出そうとしない。それどころか、目も会わせようともしない。俺も含めてだ。メンバーは、と言うと……俺、彼女、そして宮下である。
「では、何処に行きたいかは、班ごとに決めて明日の放課後までに提出をお願いします。」
そう言うと女教師は出ていった。
『で?どうするんだよ。』と、言いたいが言葉が口から出ていかない。口を開けても、睨まれてなにも言えない。それが何度も続くのだ。
終った。それだけはわかる。修学旅行は災厄の結果で終わることが行く前からわかる。
「……私帰る。」
そう言って宮下が鞄を持ち、教室を出ていった。
「……何でこうなるのかしらね?」
『ほんとだよ』と呟き、宮下の元取り巻き達の方をみる。彼女達は宮下が出ていくときニヤニヤしながらみていた。
「一日たてば気持ちは変わる。そんなことを昔、母が言っていた気がするわ。けど、ここまであからさまとは。」
そう、宮下は取り巻き達に見捨てられたのだ。それも徹底的に。今日の朝、登校してきた時にはもうこの状態である。
可哀想……とは思うが、助けてやろうとは思わない。自分のために相手を傷付けていたのだから突然の結果である。
けれど、彼女は違った。
「匙戸、ちょっと付き合ってもらえる?」
そう言って彼女は自分の鞄と俺の鞄を持って歩き出した。
『………』思考が停止する。言ってから返事も聞かずに行動に移す。ましてや、断れない状況にしてからだ。
「お、おい!?待てよ」
数秒間、その場に座っていた俺も彼女を追いかけて教室を後にする。
彼女に追い付くと目の前には宮下がいた。けれど、こちらを一別すると逃げるように靴を履き替えて歩き始めた。
「待ちなさい。」
彼女がそう言う。宮下も一度足を止めるが再度、歩を進める。
けれど彼女は諦めなかった。今度は靴を履き替えて宮下を追った。勿論、俺の鞄を持ったままだ。
「ちょっと?聞いてるのかしら、宮下さん」
宮下の肩を掴み、強引に彼女は止めた。
「……なに?」
宮下は振り向かずに小さい声で呟く。
「何処に行くか、決めなきゃいけないのに何で帰ろうとするの?」
彼女がそう言った瞬間、宮下は肩においていた手を払いのけて叫んだ。
「うるさい!!あんたらで決めればいいじゃん!」
振り向いた宮下は、目を真っ赤にして泣いていた。正直言って驚いた。宮下がこんなにも精神的に弱かったのかと。多分、驚いている彼女も同意見だろう。
「大体、あんたも知ってるでしょ?そいつに聞いてさ!」
宮下が『そいつ』と言った時に俺の方に指を指してきた。宮下が言ってることは昨日の事を言ってるのだろう。
しかし、彼女はその事を知らない。宮下は勘違いしているようだが、俺は彼女にどこで見つけてきたなんて言っていない。
「知ってるわよ。辞典の事でしょ」
この時の俺は、彼女が何故この事を知っていたのかわからなかった。そして今もわからないままだが。当時の彼女は俺の知らないところでいったい何をしていたのだろうか?
「……それなら何で私に」
「そんなの修学旅行が楽しみだから成功させたいからでしょ?」
空白の時間が数秒間続いた。間が空いた理由は彼女が嘘をついているからと、思ったからだ。今までの言動を今の彼女に当てはめると、この言葉の真実味が薄れていた。
「あんたでも楽しみだと思うことがあるのね。」
「当たり前でしょ、私だって貴方達と同じ高校生なのよ?」
首をかしげて不思議そうな表情を浮かべる彼女に驚きを見せる宮下と俺。
確かに彼女も俺達と同じ高校生だ。修学旅行を楽しみにすることだって当たり前のことのはずだ。けれど、その言動に違和感しか覚えないのもわかってもらいたい。
「で、でも。それなら私なしで話を進めればいいじゃん!私なんて必要ないでしょ!?」
「ええ、そうかも知れないわね?」
平然と答える。
「な………!!?」
さも、当たり前のように答える彼女に若干の同様を見せる宮下。先程と言ってることが違うじゃないかと思うけれど俺は見ているだけ。
そこからは、酷いものだった。
宮下が何かいえば、彼女が言葉を返す。フォローするかと思えば、いきなり蹴落とすような言葉を使う。何がしたいのかわからないまま、数十分が経過していた。
「け、結局あんたは何がしたいのよ!?さっきから引き留めたり、跳ね返すような言葉だったり!何、一緒に行きたいの、行きたくないの、どっちなのよ!?」
嫌気がさしたのか、宮下が結論を求めてくる。
「……正直に言うと、貴方なんかと行きたくないわ。」
『なら、これまでの茶番劇は何なんだよ。』と、つい呟いてしまった。
ギロっと彼女に睨まれてしまったが、そもそも、俺がここにいるのも鞄を盗まれたせいだ。
横槍を入れて欲しくないのなら、俺を連れてこなければ良かっただろうに。
「……ほら、やっぱりそうじゃない。結局あんた達も、私をバカにしたいだけなんでしょ?そうよね、あんた達からしてみれば目の敵みたいなものだものね!」
何なんだ、こいつは?昨日までは散々馬鹿にしていたのに、自分の立場が弱くなれば被害者面。
『結局、自分の事しか考えてないのな。』と、言おうとした瞬間、彼女は宮下に向かって平手打ちをかました。
「ッタ!何すんのよ!?」
倒れ、しりもちをつく宮下に膝を曲げて彼女は顔を近づける。
「貴方ってホントにお可哀想な人よね?」
笑みを浮かべていたが声は低く、聞いている宮下は口をつぐんでしまった。
「私は貴方のオトモダでもなければ、知り合いですらない。なら、何故構うのかって思うわよね?簡単よ、私の邪魔をしてほしくないから。」
この時の俺は思った。彼女だけは敵にまわさないと。
それともう一つ、彼女は矛盾だらけだと言うとことに。
自分の邪魔をしてほしくないなら、何故俺がここにいるのか?どうして俺に近づくのか、トモダチでもなければ知り合いでもないはずの俺に。
深く考えてもわからない。だから俺はこの時、彼女が不思議な存在だと思い気にせずにいた。
しかし、宮下は彼女の言葉に恐怖したのか、目に涙をため今にも泣き出しそうになっていた。
「……何よ。邪魔をして欲しくないのなら関わらなければいいじゃない。あんただって同じじゃんか!」
宮下の目から涙がこぼれ落ちる。声を出さず嗚咽をして、まるで子供が親に起こられているときのような泣き方だった。
一つ、また一つと宮下の頬を通って流れ落ちる雫を見て彼女は腰を曲げて、その雫を拭った。
『ッひ!』と、怯えたような声を出す宮下に、彼女は『ごめんなさい』と言って静に笑った。
「……貴女がやったこと、私がやったこと、少し違えど他人を傷つけようとしたことは一緒よ。これで貴方と一緒、だからこれでおわいこにしましょ?」
そう言って彼女は立ち上がり、宮下の方に手をさしのべた。
「わ…私はあんたなんかと!一緒……何かじゃない。」
さしのべた手を払いのけて宮下はゆっくり立ち上がる。先程まで涙を流していた目は赤く、まだ潤んでいた。
けれど、怯えた表情は消えた。その代わり、今度は後悔しているような表情をしている。
「……私は今まで、たくさんの人を傷付けてきた。自分がそうならないように、他人を犠牲に。だって!怖かったから、自分がそうなるのが。恐ろしかったから、周りに馬鹿にされるのが。」
「それは皆、一緒でしょ?」
彼女はそう言ったが、宮下は首を横に降って否定した。
「私は、あんたが羨ましかった。ズルいと思った。自分を通して、自分を曲げない。そんな風に私もなりたかった。けど、なれなかった。だから、あんたをハブいた。」
『最低でしょ?』と言って、宮下は自虐ぎみに笑った。
確かに考え方は最低だ。けれど、この時の俺は宮下を全ては否定できなかった。
誰もが思う。自分を通せればと、自分を曲げられないでいられれば、どんなに楽かと。けれど、それを出きる人間は幾人といない。
宮下はそういう意味では、共感できなくとない。
「そう……でも。貴方は後悔しているのでしょ?後悔しているのであれば変われる。誰だってそう、後悔できるのは変わろうとしている証拠。」
もう一度、彼女は宮下に手をさしのべた。
「オトモダチでもなければ知り合いでもない。けれど、変わろうとしたいるのなら手伝ってあげる。だから、私達と変わりましょ?」
今度は笑っていた。彼女は決して、大切なものを作らない。だから、大切なものになる一歩手前までの人間関係を作るのだろう。この時もそうだ。
「……覚悟してよね。途中で投げたさせないから」
『ええ、勿論』、彼女が言うと宮下は手をとり握手を交わした。
女は理屈、男は行動。誰かが言っていた気がする。友情なるものが芽生える瞬間は男と女では違うと。
女は理屈を言って、それが共感されれば仲間内に入れる。逆に男は、行動が見られて自分と近い存在と思われれば友情が生まれる。
なら、彼女達が先程まで話していた理屈は、お互いに共感できていたのだろうか?
俺にはわからない。理屈も、行動も、共感さえもしてほしくないから。
だって、大切なものを作らない。そう、妹と約束していたから。
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