第2話戦いの時

 ――おうじょは、ひとびとのまえでは、いつもえがおで、いなさい。なきがおは、みせてはいけません。


 霊廟に、亡きミランシャ王女を納める儀式も終わり、宵闇が、辺りを密やかに包み始める頃、


 先に王、成人を迎えていた皇太子である兄、そして一部の衛兵を除いて「戦う運命」の者達は、家族に永久の別れを静かに告げると、王宮へと戻って行く。


 後ろを振り返ること無く、哀しみを迫りくる闇に隠して。


 本来なら誰もが涙を流し、すがり、行くな、行かないで、と声の限りに叫びたいのだが、


 それは「王族」である者達には、許されない事として皆幼い時から教えられ育っている。


 死へと向かう者達、見送るこの先過酷な運命との戦いに挑む者達、共にこう想う。



 ……どうか生きろ、生き抜いてと……



 父の姿が見えなくなると、アリシアは母から着替える様に促された。


 手にする服は、粗末な衣。薄根ず色の飾りのないブラウス、今迄身に着けたこともない裾丈の短いスカート。ぺたんこの黒い靴。そして顔をすっぽり隠れる様に、フードの付いたネズミ色の外套。


 不思議に思ったが、この場に残った者は皆着替える様子で、皆それぞれに乗ってきた馬車に、荷物を手に手に乗り込んでいる。


 幼いアリシアも母と共にその装いに姿をかえるために馬車へと向かう。


 その場に彼女達が居なくなった処で、この先の任務の命を受けた二人の衛兵が、自身達も粗末な衣に着替えながら、ヒソヒソと小声で話し合っていた。


 二人は軍の中でも、選りすぐりの者達であった。


「人数は」


「王妃、王女、王太母、それに一族の奥方五人、令嬢三人、少年が二人だ」


「……18人か、少し多いな」


「どうする。二手に別れるか?」


 嫌、と先に人数を聞いてきた男が反対する。男は考えた、状況を、1つでも命を守る為、冷徹に……そして導きだす、ひとつの答え。


「今から先俺達は「蜥蜴」だ、切る「しっぽ」は多い程良い。最後迄御守りするお方達の為にな」


 その言葉に彼の盟友は、厳しい表情で頷き同意する。そして皆の準備が整った時、アリシア達は国境を目指して出立した。



 それは絶望への旅の始まりになるということを、大人達は薄々気付いていた。




 国境迄は馬車ですが、その後は先に行った民達の後を追います。



 ………足がいたい、もう歩けない


 軽く足を引きずりながら、アリシアは懸命に前を目指して歩いてる。


 道なき道を歩き、食べる物は粗末な物、そんな過酷な毎日が続く。先の見えない日々。


 ……今迄とは反転したかよのような、世界の中、幼い彼女の唯一の心の拠り所は、母が固く手を握っているという事。


 時おり見上げると、必ず笑顔を向けてくれる事。他愛のないその2つで、アリシアは癒された。


 ……来る日も、来る日も木々が鬱蒼と育ちいばらが生い茂る、深い森の中を進んだ。


 追っ手から逃れるべくひたすら歩く。しかし、深窓育ちの者ゆえ、その歩みは遅々としていた。


 鍛えられた衛兵以外は足を引きずり、苦痛の表情を浮かべながらも、生き延びる為、血の滲む一歩、一歩で前へと進む。



 ――ひとつ目の事件は、国境を越えてから三日目の夜に起こった。



「これは、これは、いい夜ですなぁ」


 

 皆が疲れはて、眠りにつこうとした時、茂みの中から、数人の男達が現れた。「夜盗」と呼ばれる輩だった。


 衛兵達は密かに、外套の下に隠してある剣の柄を握りしめる。


「夜盗か、残念だが、我らは何も無いぞ、残念だが引き取ってくれ」


 彼のその言葉を受け、ニヤニヤと値踏みするような視線を向ける。


「夜盗?はてさて?何処にその様な者が?私達は商人です。我々の猟場に、勝手に「物言う花」が紛れこんだのすよ。それも「上玉」のね」


 ………人買いか!若い女そして男女関わらず子供は高く売れると聞く。


 アリシアは母の側で息をのみ、しがみついていた。皆もそれぞれに、身を寄せて青ざめていた。


 ………敵は五人、我らと妃、姫だけなら戦い、突破口を開けるのだが。



 衛兵の男は、背後のアリシア達に目をやると、盟友と無言で頷き合う。




「逃げるぞ!私に続け!」



 スラリと抜刀すると、夜盗に斬りかかかりながら駆け出す。盟友もそれに続く。


 アリシアを、力強くで横抱きに抱えると、彼も剣を抜き、後を追う。


 ……何が起こったの?ははうえは?おばあ様は?



 様子を知りたかった。しかし木々の小枝は彼女の目を叩き、髪に絡み引きちぎる。


 茂みのイバラは、柔らかい肌を切り裂き、血を流す。彼女は、ただひたすら目を閉じ、耐えるしかなかった。



 ――どの位、どれ程時間が過ぎたのか、息を弾ませ衛兵達が立ち止まった。


「ふりきったか」


 衛兵の声に恐る恐る目を開ける。見上げる衛兵は、アリシアと目があうと、優しく地面に立たせてくれた。



「ありがとう、たすけてくれて」



 栗色の髪は小枝が絡み、イバラの棘で傷にまみれているにも関わらず、彼女は己を守った衛兵に愛らしく、微笑み礼を述べた。


「いえ、乱暴に扱いまして、申し訳ございません」


 そこへ母に続き、三人の少し年配の奥方達、そして少年が二人、息も絶え絶えに、現れた。



「アリシア、アリシア」


 息を弾ませ、名前を呼ぶ母の元へと、駆け寄るアリシア。その腕に抱かれながら、母に問いかける。他の皆は、と……


 力無く首を降る王妃、……先ず年配の王太母が切り殺された。そして、年頃の令嬢三人とまだ若い少年の母親、もう一名は夜盗にさらわれた。


 王妃の言葉に目を見開き、来た道に目をやる少年達、この二人はアリシアの従兄弟だ。日頃の教えをわすれ、兄が慌てて動く。



「はうっ」


 大声で母を呼び、少年が来た道を戻ろうとするのを即座に、衛兵の男が背後から口をふさぎ止めた。


 驚き振り返った少年の頬に、鋭く平手打ちをとばす。


「大声を出せば奴等が来るぞ!そしてお前の母親は、おそらくお前達を逃がす為に、残ったのだろう。無駄にするな!」


 衛兵の男は、地面に倒れこみ頬をおさえ、ぶるぶると震える少年に向かうと、決然といい放った。


「お前は何者だ!お前の父親は王家、民を守る為に命を掛けた。我々の務めはなんだ!民がいない今は、お仕えする王家を、御守りすることだろう、父と母を見習え!」


 兄の元へと駆け寄り寄り添う弟、二人は体を震わせ、声を殺して、涙を流すしか出来ない。


 ……父は笑って「死地」へと向かった、迷いのない毅然とした姿だった。母は自ら囮となり、少年達を逃がした。


 母が見せた、別れ際の優しい笑顔の向こうには「生きて」と願いがこもってた。



 し…んと静かな深い闇夜の森の中、少年達の声なき哀しみが続いている。



 しかし立ち止まることは許されない。やがて、皆はゆっくりと動き出す。


 

 生きるために。



 ―― 幼いアリシアの過酷な運命は、今始まったばかり、そう、



 これは序奏でしかなかった。


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