幼いアリシアの生涯

秋の桜子

第1話始まりの時

 おとなりのおくにに、とつがれた、あねうえさまが、かえってきました。


 カラーン、カラーンと悲しい響きを伴って、弔いの鐘が街中に流れる。


 今日はこの春隣国に嫁いだ、この国の第一王女である ミランシャの葬儀……第二王女である妹のアリシアはまだ幼く、その事がよく分かっていない。


 あのひつぎの中に、あねうえさまがいるって、言うけどほんとかしら?


 その日は、アリシアを取り巻く世界がくるりと変わる、そう、始まりだった。


先ず、覚めて最初に出会ったのが王妃である母であることが何時もと違う。


「お早う、アリシア」


 青ざめた顔色の母がにこりと笑う。しかし何処か触れれば斬れそうな、張りつめた空気を身に纏っていたが。


「お早うございます、ははうえ、リンジーは?」


 目をパチパチさせながら、アリシアは彼女の御付きの女官の名前を出した。幼い故、目の前の母を取り巻く何処か、異様な様子に気がつくことは無い。


 純粋に、何時も小国の王妃として、公務で忙しい母が来てくれた、ただ、嬉しかった。


「リンジーは別のお仕事してますからね。今朝は私が来ましたよ」


 ふーん、でもうれしい、ずっとリンジー忙しかったらいいのにな


 母の手で黒いドレスに着替え、ふわりと巻いた栗色の髪を結ぶリボンも黒、そして最後に黒いレースのベールを頭から被せられ、身支度は終わった。


 何時もと違う装いに、母に何故?と聞きたがったが、彼女の手を引き、部屋から出る母は、毅然と前を向き唇を固く結んでいたため、アリシアは諦める。


 そしてその後は全てが違っていた。何時もなら、食堂での朝食も母の居室で食し、その間御付きの者は母側近のラルフ婦人が、ただひとりのみ、


 その彼女も忙しいのか、始終母と一言、二言、言葉をかわすと、部屋から出たり入ったりを繰り返し、とどまる事はない。


 食事が終わると、再びベールを被り、母に手を引かれながら大広間へと向かう。


 あら?今日は、だあれもいないの?


 アリシアと同じ、黒い装いの母に手を引かれ、コツコツと足音を響かせ歩きながら、流石に彼女も気が付く。


 そう、何時もなら慌ただしく勤めている女官達の姿を、ひとりも目にしないことに、しかし幼い彼女は、先程の母の言葉を思いだす。


 リンジーも他のおしごとだから、みんなもそうなのね。


 大広間への扉を衛兵が開く、幼いアリシアに対して、何時もにこやかに接してくれる彼も今朝は、無言で厳しい表情をしていた。


「さぁ、アリシア、姉上様に、お別れをしなさい」


 アリシアの祖母である王太母が、涙で目を赤くしながら、アリシアに白い花を手渡し、背なに手をかける。


 大広間の中央には、美しい布を被せらえた柩が安置されていた。しかし、最後のお別れなのだが、柩の蓋は既に固く閉じられている。


 ……本来なら他国に嫁いだら最後、生国には戻れない、しかしミランシャ王女は戻ってこられた、但し「柩」の中に納められて……


 柩の周りには、王の一族が家族と共に集まっていた。


 中には、年の頃なら、まだ少年の兄と幼い弟の兄弟、アリシアの従兄弟も、居合わせている。そして、その場の大人達は、皆悲痛な表情を浮かべていた。


「おばあ様、あねうえさまはどこ?」


 姉上様が帰ってこられた。それだけのみ知らされていた彼女は、小首をかしげ、王太母を見上げながら問う。


 そのあどけない言葉に、その場に嗚咽が流れる。たまらず王妃が、彼女の小さな身体を抱き締める。


「ああ、アリシア、貴方の姉上は目の前ですよ……争いを避けるため、国を守る為にその身を捧げてくれたというのに……」


 隣国が敵対する国に寝返ったのだ。


 婚姻による同盟を結んでいた為、姉であるミランシャ王女は弑され、宣戦布告の先行として使われた。残酷だった。彼女が嫁いでから半年しか、時は過ぎてなかった。




 葬儀が終わり、森の中にある「王家の霊廟」へと皆と共に馬車で移動する。


 目の前の父も、皇太子の兄も母も、誰も一言も話さない。やがて馬車が目的地に着く。


 一族の皆が馬車から降り、王の目前に集まる。全ての者達を見渡しながら、王は最後の言葉を述べた。


「皆も承知の通り、隣国が寝返った。戦いは最早避けられん。しかし我が国は戦うにはあまりにも非力、懇意にしていた国々も既に敵の手に堕ちている、先日の作戦通りに、城に仕えていた女官、力を持たぬ街の民は既に国境を越えたと知らせが入った。後はどれだけ彼等を護る為に時間が稼げるか……」


 悲痛な王の決意がとつとつと森の中に流れる。「勝てぬ戦い」に立ち向かう王……



 皆は静かにその最後の言葉に耳を傾ける。




 王は「名君」と称されていた。その治世は篤実で、穏やかで堅実な王は皆に愛され、尊敬を得ていた。


 我が娘が、変わり果てた姿で戻った時、最早戦いは避けられない運命と察した王は、側近と熟慮を重ねてた。



 そして民を守る唯一の手立てを、見いだした。



 ……元同盟国であった手前、葬儀が終わる迄手は出して来ない、ならばそれを利用する事。と踏んだ王は行動に移した。時間が欲しい。


 先ずは、王宮に仕える者達を集め、最早籠城しかない事を伝えた。そして、囮となり民を逃がす、出来るだけ遠くに、その時間稼ぎの為に命を掛けると、その為に命を張るも達の志願を求めた。



 むずかしいお話、よくわからないけど、あねうさまは、殺されてしまったの?



 ―幼いアリシアは思いだしていた。白い衣装を身に纏い、花を飾った姉はとても美しかった。その姿は白い花の化身のようだった。


 もう一度あいたかった。あねうえさま。



 悲壮感漂う夕暮れに包まれて行く森の中、アリシアは、もう二度と会うことが出来ない姉、ミランシャと最後に言葉を交わした、



 あの時、あの日、真白な花の様な姿を思いだし、涙をポロポロとこぼしていた。








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