たんぽぽオムライス

 するとオムレツは切れ目から勝手にドロリと裂け、中からは半熟トロトロのスクランブルエッグが溢れ出す。


 それを見たエレーナは先程以上に、その子供のようにキラキラとした目を輝かせた。


「わあ!」


 思わず漏れ出す声。


 それからぽつりと、彼女は呟く。


「……たんぽぽみたい」


 直己は驚いた。


 伊丹十三監督の映画『たんぽぽ』の中で作られたことから、このオムライスは『たんぽぽオムライス』と呼ばれているが、エレーナがそれを知らないであろうことは容易に想像がつく。


 きっと、彼女はこの見た目から直感的にそう言ったのだ。


 直己がそんなことを考えながらオムライスに視線を落とすと、黄色というだけでなく、花が咲くように広がる様や、その中のふわふわな半熟のスクランブルエッグの一つ一つが、確かにたんぽぽの花のように見えてくる。


(今までそんなこと一度も思わなかったけど、確かにたんぽぽみだいだ。それになんていうか、エレーナもたんぽぽみたいな子だよな……)


 彼はなんだか嬉しいような楽しいような、不思議と幸せな気持ちになり、自然と笑みを溢していた。


 最後の仕上げに、忘れずにバターを入れたトマトソースをオムライスへとたっぷり掛ける。


「お待たせしました。さ、どうぞ召し上がれ」


「い、いただきますっ」


 待ってましたと言わんばかりに、エレーナは最短距離でオムライスを掬うと、やはり最短距離でそれを口へと運んだ。


「んっ!?」


 その瞬間、彼女の時が止まる。


 ……直己は内心びくついていた。


 家族以外の人間に料理を食べて貰うのはこれが初めてだったし、ましてこのオムライスは完璧とは程遠い。


 見た目はともかく、味にがっかりされるのではないか? 


 そんな悪い考えばかりが脳裏に浮かんでいたのだ。


 しかし、それは杞憂であったことをすぐにエレーナの表情から知ることとなる。


 今にも頬が落ちそうな、そんな幸せそうな笑みを顔いっぱいに浮かべ、とろーんと弛緩して細めた目は恍惚の色に光っていた。


 彼女は溢れ出して止まらないといった風に、賛辞の言葉を連ねていく。


「トマトソースの掛かったふかふかでトロトロのオムレツ。その中のトマトで和えたごはんも最高に美味しい! オムレツとごはんがこんなに合うなんて、私今まで知らなかったよ! それにこんなに美味しいものを食べたのも初めてだし! いつもの食材がこんなに凄い料理になるなんて、直己は凄いね! 料理の魔法使いだよっ!」


 カァッと、自身の顔が熱を持っていくのが直己にはわかった。


「ちょ、ちょっとそれは言い過ぎだって!」


「そんなことない! こんなに料理でドキドキしたのは初めてだもん! だからきっと、直己の料理がヤハネで一番おいしいよ!」


(もうやめて!? これ以上褒められたら顔から火を噴いてそのまま死にそうだ!)


 そんな直己の様子にも気付かず、エレーナはオムライスを食べることに夢中となり、あっと言う間に完食してしまうのだった。

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