甘い一時

 口元にトマトソースをつけながら、大満足といった表情で言う。


「ごちそうさまでした! 信じられないくらいにおいしかったよ!」


「……よかったよ、口に合って」


「いやいや、こちらこそこんなに美味しいごはんをありがとうだよ!?」


 そう言って笑ったエレーナの口元にトマトソースがついていることに気付いた直己は、「あっ、ちょっと動かないで」と言いながらそれを指で拭った。


「――ッ!? ふえっ!?」


 驚くエレーナをよそに、それを自分の口へと運ぶ直己。


 何の気なしに取ったこの行動。


 それがマズイことだと、彼は後になってから気付く。


(……やばっ。彼女でもない女の子相手にまずったか!? ……でもまあ、相手は子供だから気にすることない……よね?)


 しかしエレーナはカチカチに硬直し、次第に顔を赤く、体を小刻みに震えさせ、しまいには目に涙まで溜め始めた。


 明らかに普通でない様子の彼女に、恐る恐る直己が訊ねる。


「……えっと、あっと、その……どうかしたの?」


「……じゃあ逆に聞くけど、なんでこんなことしたの?」


「あっ、だって口にソースが……。ええと、恥ずかしかったり……した?」


「当たり前だよ!? 子供じゃないんだよ!?」


(あー、そういえばそういう設定だったな)と、直己は思い出す。


「あっあの、ごめんね?」


「ごめんねって!? お、お、男の人にこんなことされたのは、初めてなんだから!? なんか……なんか胸がドキドキしちゃったんだよ!?」


「あははっ、エレーナはおませさんだね」


「もぉっ! また子供扱いした!?」


「ごめんごめん」


「もうっ!」


 プクリと頬を膨らませるエレーナだったが、すぐにそれをへこませると、今度はどこか恥ずかしそうにこう続けた。


「……でもさ、なんていうか、料理が出来る男の人ってかっこいいなって、私ちょっと思っちゃったな……?」


「――ッ!?」


 ドクンと、直己の心臓が一つ大きく打たれる。


 それを気取られないよう、努めて声の調子を整えてから彼はこう返した。


「……そ、そうかな? ふ、普通……だよ!」


「ううん、普通じゃなくて、かっこよかったもん……」


「……」


 赤面した様子を見られまいと、頭を垂れて照れる直己が言う。


「あ、ぼ、僕もお腹減ったし、自分のオムライス作ってくるね!」


 結局彼はこの空気に耐え切れず、キッチンへそそくさと逃げるのだった。

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